2017年03月02日

ルール破りについて

報道によると、ソフトバンクグループがアメリカで行った投資会社の買収に絡み、一部投資家にインサイダー取引の疑惑があったらしい。
このニュースを聞いてソフトバンクが疑惑の主であるように一瞬勘違いしたのだが、あくまでも一部の投資家がインサイダー情報を用いて不正な株売買をしたということらしい。

いつも思うのだけれど、インサイダー取引というのは微妙な犯罪であると思う。
株の売買というのは、もちろん一般の投資家が知らないディープな企業情報を持っている方が絶対的に有利なわけだ。
しかしオープンになっていない内部情報に基づいて株を売買するとインサイダー取引になって手が後ろに回る。

その企業の将来を推測するのに、あくまでも公知になっているオープンな情報を元に株価の行方を占うのは適正な取引。

その線引きはなかなか微妙なところではないかと思えてしょうがない。

多分インサイダー取引規制の考え方は、株取引に常に多くの投資家が参加できる状態を維持することを目的としており、そのために市場参加者が情報アクセスに関して全員公平であるようにしよう、というのがある。

市場経済というのは、参加者が全員公平な立場で、その中で一定のルールに基づいて競争するということで成り立っている。
逆にいうと公平維持のために定められているルールを破ることによって、時に莫大な利益を不法に得ることもできる。

世の中にはたくさんの会社があって、今年はいくら儲かった、いやうちはこんなに損をしたと一喜一憂している。
でもほとんどの企業経営者はたくさん利益を出したいと思っており、できれば個人的にも裕福になれるに越したことはない、と思っているだろう。

そういう中では、当たり前のことだが常にルール破りの誘惑はある。

最近大阪の方で森友学園なる学校法人が不正に土地を入手したとかいう疑惑に関するニュースが流れている。
国会でももっぱらこのことが議題に上がって喧々諤々やっている。

その国会の議論を聞いて少し思った。
質問を投げかけられて答弁する側は、しきりに「少なくともルール上問題はない」と繰り返しているようにしか聞こえない。
おそらくもうひと月・ふた月もしたら、この問題はルール上の範囲内で適正に行われていたという結論で、国民の記憶からもどんどん消えていくのかもしれない。

ただ大切なのは、ルールそのものよりもそのルールが定まった元にある考え方であると思う。
日本の社会は、行政組織も政治家も企業経営者も、その点もう少し生真面目になった方がいいんじゃないかと時々思ったりする今日この頃である。
posted by ヤス at 09:07| Comment(0) | 徒然なるままに