2016年12月31日

ギルトフリーというのがあるらしい

「ギルトフリー」という言葉があるそうな。
ギルトは英語で「罪悪感」のことだそうである。
最近はアメリカのスーパーなんかに「ギルトフリーのお菓子」コーナーがあったりするようで、要するに食べても罪悪感が無いのがいいらしい。

個人的には、ギルトフリーの感じは、どうにも受け入れられそうにない。
いや、そういうのが良いという考え方の存在は認める。
昔から医食同源なんてことも言う。
我々の身体はあくまでも口から入ってくる食糧によって成り立っている。
医学や栄養学も発達し、何が身体に良くて何が悪いかも明確になって来ている。

努めて合理的に考えれば、身体に良いものをなるべく選んで食べる生活スタイルに、非難されるべき落ち度は無い。

少し想像してみると、脂こってりや砂糖満載とかの食べ物は、昔からある程度あまり身体に良くないのを承知で食べていたのではないかという気がする。
少なくともわたしが幼少の時代には、甘い物ばかり食うなとか、カフェインが悪いからコーヒーを飲ませないとかいう話はあった。
時代が下るにつれて、炭水化物がダメとかトランス脂肪酸がどうとか、グルテンフリーとかだんだんダメなものが増えて来た。

そして我々は、少なくともわたし個人は、食べ過ぎは良くないとしりつつ、どら焼きや大福餅やイチゴのショートケーキやアイスクリームなどなどを食べて来た。
そこには、甘い物のもたらす「享楽」とのトレードオフで、いくらか自分の健康を削る背徳感があいまって、その快感がより増幅される作用があったのではないか。
と言うと、少し大袈裟だが。

とにかくも、我々は、美味いものがだいたい身体にはそんなに良くはないことを知っている。
しかし美味いものはとにかく食べたいので、それを承知で時々食べる。

必要なのは、身体への悪影響がそれなり以下になるように気を付けながら美味いものを食べることであると思う。
人生はなかなかに制御し難いものであるが、しかし不完全ながらも頑張って制御しつつ時々身体に良くない美味いものを食べる、だから美味いものはより美味く感じる、そういう面があると思う。

ギルトフリーなお菓子は、その目的として心置き無く甘い物を食べたいという欲求を満たそうとしている時点において、美味いものが身体に悪いという不条理と戦いながら最終的には健康状態を許容範囲に制御し切るという人生の醍醐味を放棄させるもののような気がする。

結論として、美味いものはあまり健康に良いとかえって面白くない。
すこし過ぎると毒になる、そういう危うさも含めての美味しさであるような気がしてならないのである。
posted by ヤス at 10:18| Comment(0) | 徒然なるままに