2016年12月05日

ニュースの読み方

最近、ネット空間に飛び交うニュースの真偽があらためて問題になっている。
アメリカの大統領選でも、片方の陣営から流されたデマ情報に多くの人が踊らされ、実際の票数にもかなりの影響があったことが推定されているようだ。

あるいは、IT企業のDeNAが運営する健康医療情報サイトに掲載されていた内容が、専門家のチェックを経ておらず、素人や極端に思想の偏った投稿者による情報がまかり通っていて問題になった。
ハフポストで読んだ記事によると、このDeNAの健康サイトには肩こりの原因は動物霊が原因だったり「霊的なトラブルを抱えた方に起こりやすい」、みたいなのも投稿されていたらしい。
これはこれで、一種の大喜利と思って読めばまた違った楽しみ方も出来るような気もするが。

DeNAのサイトではこの他にも他からの無断コピペがまかり通るなど、サイト内はかなりの無政府状態に陥っていたらしい。


わたしも毎日SNSをちらちら閲覧しているわけであるが、流れてくる記事の中には、いろんなニュースサイトのリンクや引用記事などもたくさんある。
少し思うのは、多くの人がネット上に流れているニュースや投稿記事をちょっと信用し過ぎなのではないか、ということだ。

各種のニュース記事も、所詮は人間が書いたものである。
人間というのは、日常的に思い違いをしたり記憶が間違ったり、自分の中にある思想的なフィルターを通すことで同じ事象でも他の人とは違う解釈をしたりする。
あるいは見た事実を文字に変換する段階で、おそらく実際の出来事とはかなり違ったことになる。

だからニュース記事というのは、産経新聞だろうが朝日新聞だろうが東スポであろうが、かなり事実とは異なることが書かれているという心構えで読むべきである。

今更言うまでもないが、大きな新聞社やテレビ局というのは、いろんな利権構造の中に不安定に漂っているので、その報道内容にはある種のバイアスが作用せざるを得ない。
ネット上に出てくるたくさんの記事の書き手にしても、単にPVを集めて広告代を稼ぎたいとか、その執筆動機はさまざまであろう。

ニュースを読む方の人間としては、そういう書き手の立ち位置や動機付け、思想的な背景を想像しながら読むのが本来の読み方であると思われる。


もう一度確認しておくと、世の中に流れるニュース記事は、100%完全に真実を伝えるものはどこにも無い。
すべての記事が程度の差こそあれ少しずつ間違っており、いくらかの嘘を含んでいる。

というか、この宇宙にはおそらく完全な真実というのは存在しないのである。
ただ「わたし」という観察者から見える主観的な風景があるばかり、そういうことだと思った。
posted by ヤス at 10:19| Comment(0) | 徒然なるままに