2016年12月03日

暗記は重要かもしれない

何かについて考えようとする時には、関連することがらをやはりきちんと記憶していることが必要だと、ふと思った。
ひところ暗記中心の詰め込み教育に対する批判が盛り上がった時期があったようにも思うが、学校教育の少なくとも半分くらいは、暗記スタイルであってかまわないような気がする。
いや、かまわないというより、子供のうちに憶えるべきことをとりあえず頭の中に詰め込んでおくことは必要なことであると思う。

歴史の年号を憶えるようなことでも、やはりなるべく正確に憶えておいた方が歴史の流れの理解がスムーズに進む。
例えばフランス革命が完成した1799年と、アメリカの独立記念日1776年7月4日、というのを憶えていたとしたら、アメリカの独立の方が先でフランス革命が後だったことが分かるし、両者の時間的位置関係がかなり接近していることから、このふたつの出来事の間にはいろいろと相互作用があったのではないか、という想像が成立する。
(ちなみにこの年号はつい今さっき調べたものである)

あるいはソクラテスとプラトンはどっちがどっちの師匠であったかや、アリストテレスは誰の弟子で彼の代表的生徒が誰だったか、確かアレキサンダー大王だったか、というようなことをおぼろげでも憶えていると、その辺りの歴史に対する関心が、何かの拍子に溢出してくるかもしれない。


また最近はスマホなどの携帯電子機器が進化して、なんでも分からないことはその場で検索すればたいてい出て来る。
あるいは仕事のスケジュールとか、備忘録とかも電子的に「外部記憶」にとりあえず憶えさせておくことも容易になった。

しかしそういったことも、たぶん可能な限り脳みその中にいつでも引き出せる状態で格納しておく方がよい。
脳みその中に格納しておくことで、無意識的にそのことを意識するようになり、知らない間に脳神経細胞のシナプスの組み換えが進行し、思考回路がいつの間にか最適化されてよいアイデアが出る、そんなことだってあるかもしれない。

とりあえず、重要なことはなるべく正確に憶えておく、そしてあまり重要そうでもないことでも、興味をひいたことはいったん脳の記憶装置の中にしまってみる、そうすることによって脳がかなり活性化するのではないか、ということを今考えている。

これからは名刺交換した人の名前も、スケジューラーに書き込んだスケジュールの内容も、出来るだけ正確に記憶するよう頑張ってみようかな、と、そろそろモノ憶えの悪くなった頭でそんなことを思ってみたのであった。
posted by ヤス at 13:07| Comment(0) | 徒然なるままに