2016年12月11日

遠江の海岸線

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今、ちょっと静岡の掛川に辺りにいるのだが、この辺りは昔で言うところの遠江の国になるのだろう。(遠江と書いて「とおとうみ」と読むらしい)

街から少し南に下ると、ぱっと眼前にでっかい太平洋が広がって、景色が非常に良い。
ずっと海の向こうを見通しても、水平線が見えるばかり。
砂浜も広く、その海岸線が東西に何キロも続いていて、瀬戸内海付近で育った人間としてはなんだか日本にいる感じがしない。

また、この辺りの土地は、日本アルプスからの続きの傾斜が海へと接続する、その「きわ」にあたる。
内陸側から海に向け地面が全体に傾斜していて、まったいらな平野部というのが案外少ない。
そのゆるく傾斜した丘陵地形の一面にお茶畑が広がっている。
それがまたなかなか壮観だと感じる。

わたしとしては、この辺は琵琶湖周辺と並んで好きな土地である。
琵琶湖は、沿岸部に安土城跡や彦根城などの戦国期の城跡がたくさんある。
かつて織田信長が京都を抑えるのにあたって、琵琶湖沿岸部を制圧してその水運を活用したというけれど、そういう歴史の物語が、琵琶湖のほとりを車で走っているとなんとなく脳裡に浮かぶような感じがあって、非常に良いと思う。

さて、遠江の国。
ここは戦国期で言うと、元は今川領ということになる。
遠江は、今川義元が桶狭間で信長に討たれたあとも息子の氏真がしばらく治めていたが、後に徳川家康が東から侵入して占領し、西側からは武田信玄に攻められて領土を切り取られる。


で、さらにしばらくして、信玄の上洛軍2万人余がこの辺りの徳川軍を蹴散らし、席巻することになる。
信玄と家康が戦った三方ヶ原は、調べて見ると今の浜松市の北部、浜名湖に近いところであるようだ。

信玄は上洛戦を戦いながら、左側に広がる太平洋と一面の砂浜を眺めたこともあっただろうか。
そのように想像すると、少し興奮する。

まあこれは、狭い瀬戸内海を見て育った人間による特殊な感想かもしれないが、このようにだだっ広い風景を眺めていたら、気分が壮大になって天下取りの野心が自然と芽生えて来るのではないか、という気がしなくもない。
しかし元々ここを本拠にしていた今川は早々と攻め滅ぼされ、甲州の谷間から出てきた信玄と三河の山奥の家康に取って代わられる。
あるいはそういう狭隘な風景を見て育った方が、ハングリーになって天下取りには有利なのかもしれない、などとも思う。

遠州の広い砂浜を眺めていると、とりとめもない想像が自然に湧いて来る。
そのような、今日この頃なのであった。
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2016年12月10日

円安待望に異議

立場が違うと利害も変わって、行動の方向も変わることになる。
それを感じるのがここ数年の円相場についてである。

最近、円ドル相場が円安に振れていて、それにつれて株価が上がっている。
そのことは、まあとりあえず良いことに見える。
しかしそれは輸出主体の上場企業にとって良い、ということで、立場を変えて消費者から見ると円安はあまり良いことがない。

まず輸入物価が上がって実質賃金が下がる。
実際、2014年4月の消費税率アップ以降国内の個人消費は一貫して低迷を続けている。
2010〜2011年頃の1ドル80円前後の相場が2015年に120円を超えるまで、円相場は長期的に円安で推移してきた。
その間日経平均株価もほぼ平行して上昇を続けたが、個人消費の方は2014年初頭をピークに上昇の気配がない。
これは、円安の効果がもっぱら輸出企業の利益に化けていて国内個人に還元されていないからだろう。
輸出企業が多くを占める上場企業は給与水準を上げてはいるが、国内活動主体の中小企業では利益が増えていないので給料が上がらない。

円安になると、確かに大企業の利益が増えその結果政府の税収が増えて、福祉サービスなどの財源に充てられて国民に再配分される可能性がある。
しかし個人消費の推移を見るに、再配分は十分ではないようである。

不思議なのは、報道番組などでも円高待望論がほとんど聞こえて来ないことである。
一般消費者の立場に立てば、当然円高の方が嬉しいはずなのに。
円高により輸入物価が下がって食品もガソリンも、多くの消費財が下がって暮らしぶりが確実に楽になるのは間違いない。
確かに輸出企業の経営は苦しくなってたいへんだろうが、円安で国内の実質賃金が上がっていない現状を見ると、円高になったからと言って日本全体が沈没に向かうとは思えない。

円安円高による利害は立場によって反対になるというだけで、しかし円安には強い政治的意思が働くにもかかわらず円高方向にそれが働かないのは、本当に不思議だ。

本来なら一般消費者の方が選挙票数としては圧倒的に多数派のはずであるのに。

ということで、最近週刊誌とかいろいろなところで日経平均は来春2万円を超えるとかいや3万円は固いとか言っているがまったく喜べない。
誰がなんと言おうと消費者のわたしとしては、多少日経平均が下がろうが円高の方が絶対的に嬉しい。

と、最近の急激な円安・株高の状況を見ながら思ってしまうのであった。
posted by ヤス at 07:42| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年12月09日

費用対効果

事業を経営していると、費用対効果というのを意識せざるを得ない。
広告を打った時にその反応はどうだったか、いくらの売上利益に繋がったか、従業員に給料を払っていてその生産性はどの程度か、などなど、あらゆる費用にはなんらかの効果が付いて回る。

特に最近は日本の人口は減少傾向にあり、高齢化もどんどん進んで多くの事業で市場は縮小していっている。
こういう時代には、特に費用対効果が重要になる。
市場の拡大期であれば、少々のロスがあってもとにかく売上をたくさん確保することに注力すれば、多くの場合規模の経済が働いて会社の効率は自動的に上がる。
しかし売上の天井が低い今のような時代には、各費用のパフォーマンスを高めて、限りある売上の中で利益を捻出しないといけない。

まあ、あたりまえのことだ。
これが税金を使う行政組織における費用対効果、ということになれば、なおさらの話である。
しかし現実には、税金を投入する事業における費用対効果は、その掛け声ほどにはあまり重要視されていないように見える。
あるいは、「なんとか検証委員会」みたいのが設立されて、行政事業のコスパについてチェックが行われることが時々あったりする。
(行政用語では費用対効果を「B/C(ビーバイシー )」などと呼ぶらしい)
それらは、いくつかは成果を上げているのかもしれないが、しかし全体としては焼け石に水の感が拭いきれない。

税金というのは、取られる側としてはなるべく少ないに越したことはない。
税金を少なく抑えるためには、やはり行政事業のコスパが重要である。
しかし税金の使途は、かなりの割合で無駄に消えていると思われる。

まず、税金は役人が汗水垂らして稼いだ金でない。
徴税機構が国家のチカラを行使して集めたもので、そういう巨額のお金が毎年いわば自動的に天から降ってくる。
だから、その使い途についての効果の検証といっても今一歩迫力が出ないのは人情であろう。
第一、費用対効果と言った時の「効果」とは何なのか曖昧であることが多い。

原子力発電の業界で、「もんじゅ」に変わる高速炉を開発するとかいうニュースが流れていたが、その費用対効果というかB/Cの見通しはどうなのだろう。
東京オリンピックや築地市場移転問題はどうか。

一方で世の中、費用対効果だけを基準に判断できない問題だって確かにたくさんある。
しかし、いずれせよ税金であれ企業の資金であれ資源は有限なので、やはりたいていの場合に費用対効果を考えないわけにはいかない。

行政の費用対効果への取り組みにいまいち迫力が出ないのは、ひとつには税金が天から降ってくるということがあるし、もうひとつは行政組織がなかなか財政破綻しないから、というのがある。
いっそのことかつての夕張市のように、市町村でも都道府県でも毎年1件2件倒産するぐらいになった方が、国としての健康が保たれるような気がするがどうなのだろう。

posted by ヤス at 10:49| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年12月08日

喧嘩の無意味について

「金持ち喧嘩せず」と言う。

まったく、喧嘩をするというのは合理的な紛争解決手段とは言えない。
喧嘩の勝敗にとっては、客観的にどちらがより正しいかということは関係ない。
喧嘩の強い方が勝つ。

仮に、世の中の紛争は最終的に喧嘩で決着を着けましょうということになると、公正さや事前の約束ごとは意味がなくなり、喧嘩の強さがすべてになる。
だから近代社会の決まりごととして、喧嘩による紛争解決は事実上の禁じ手になっているものと思われる。

ただ実際には、世の中喧嘩が絶えない。
喧嘩というのは、取っ組み合いもあるし罵り合いや果てしない口論であったり、場合によっては嫌がらせや村八分的な状況へ追い込むことなどもあるかもしれない。
それによって一方の相手が参りましたと降参したところでひとまず勝敗が決着し、喧嘩は終わる。
しかし喧嘩の決着は、後々に禍根を残す。
勝者はそれによって溜飲を下げ、非常に気分が良いが、負けた方はこの恨み晴らさずにおくか、ということになって次の喧嘩の火種になる。

したがって、喧嘩はひとつ発生するとそのひとつで終わることなく、復讐戦が続いて発生し、新たな喧嘩と合わせて連鎖反応的に発生数が増加することが予想される。

喧嘩の蔓延は社会から合理精神を奪い、「腕ずく」による問題解決の体質はすなわち「知的劣化」を意味すると思う。

人類は今までせっかく知能の発達を武器にここまでの繁栄を築き上げてきたのに、社会に喧嘩が蔓延することで、人類史的に退化、劣化することとなれば、それは由々しき事態と言える。

世界中で戦争や武力紛争が無くならなかったり、街なかで銃器の乱射事件があったり、アメリカの大統領選がただの罵り合いになったりするのは、考えるのが面倒くさくなって喧嘩に奔った、知的劣化現象である。

そういう大きな話以外にも、日頃の仕事の中や対人関係などでも、譲歩しあい、建設的な妥協点を見つけること、それにより喧嘩の勝ち負けをつくらず「敗者の怨恨」をつくらないように努力することはちゃんとした大人として非常に大事なことであるな、と何十年も生きてきたオジサンは今更ながら思ったのでした。
posted by ヤス at 13:12| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年12月07日

目標のご利益

今日は「目標」について考えてみる。
事業を経営している時に最低限必要なのは、キャッシュフローをプラスにしておくことである。
理想を言えば、毎年の決算がいつも利益が出て、かつキャッシュフローもプラスであるのが良い。
さらに言えば毎月の決算がプラス、あるいは毎日の取引がいつもプラスであれば言うことはない。

しかし世の中そんなに甘くない。
競争というものがあるし、最近の市場環境は移ろいが激しい。
また事業の特性により、最初に大きな投資や仕入れが必要な場合もある。
だから、まず一年を通じてトータルでプラスなら良しとしよう、となったり、最初の年は赤字でも3年間くらいの通算でプラスなら上出来だ、とかいう場合も出て来る。
そもそも事業というのは、途中で破綻することなく継続していれば取り敢えずはオッケーである。

しかしわりかし多くの企業が、いわゆる経営目標というのを決めている。
あるいは明示的に決めていなくても、社長の頭の中でなんとなく考えている。

それは多くの場合売上規模であったり、対前年での増収増益の継続であったり、上場とか、店舗数とか、いろいろある。
しかし先ほど述べた通り、会社というのは破綻せずにぼちぼち継続していれば取り敢えずはそれでよい。
そういうところに、多くの企業のようになまじ目標を定めて無理を重ねると、時にはしくじって損失を被り、それを契機に経営が傾くこともあるのではないか。

しかし多くの企業は無理をする。
それを象徴するものとして、経営目標は存在する。
目標は、時には「夢」と呼ばれたり「ビジョン」であったり「スローガン」「指針」とかいろいろな呼ばれ方をする。
これらはそれぞれ微妙にニュアンスが違うと思うが、企業を前にドライブし、多少の無理をさせる効果があるところは共通であろう。

なぜ目標なんていう概念が存在するのか、という疑問の答は、人々はなぜ無理をするのか、という問いに変換することが出来ると思う。

企業が目標を定めて、多少なりとも無理を重ねるのはそこに競争があるからだ。
まあ、あたりまえだが。
資本主義経済の中では、企業はあまりのんびりとはしていられない。

さらに考えてみると、人間というのは意識的に無理をすることが出来るようになって、それで地球上の生態系における優位を揺るぎないものにし、現在の繁栄を築き上げてきた面があると思う。
そして効率的に無理を重ねるには、やはり何か目指すものがあった方が良い。

だからまあ、目標は無いよりはあった方が競争上のご利益はあるのだろう。
今日の結論は、目標というものは効率的に無理を重ねるための人類の偉大な発明品である、ということにしておく。
posted by ヤス at 11:26| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年12月06日

ゲタを履くまで分からない

最近、あるところでわたしは偉そげに言ったものである。
「勝負はゲタを履くまで分からないからね、諦めないことだよね」

つい数日前に、何度目か忘れたが司馬遼太郎の「項羽と劉邦」を読み終わっており、冒頭の発言には、その読後感が強く影響していたことは間違いない。

本当に、人生というのは最後までどうなるかは分からないものだと思う。

今商売が上手く行っていて、売上も順調に拡大していたとしても、ある日突然環境が変わって経営が傾くことだってある。
そうなるとかえって事業規模が大きい方が受ける損害も自然と大きくなる。


紀元前221年に、分裂状態だった中国を秦
王政が統一して初めて「皇帝」を名乗って始皇帝になる。
「項羽と劉邦」はその辺から物語が始まるのだが、始皇帝は即位後10年ほどで死んでしまい、中国大陸は再び混乱状態に陥って、有名な陳勝呉広の乱とかが起こる。
その騒乱の中で台頭して来た一方の雄が項羽であり、もう一方が劉邦であった。

司馬遼太郎の「項羽と劉邦」は、項羽が死ぬところで物語が終わる。
項羽は最後、あと一歩まで劉邦を追い詰めながらも、軍糧不足のために撤退せざるを得なくなり、劉邦と休戦協定を結んで撤退に移るわけだが、そこで劉邦が協定を破って追撃を仕掛けることで攻守が逆転し、一転窮地に陥るわけだ。

その攻守逆転の直前まで、項羽軍の包囲に絶対絶命の状況にあった劉邦は、休戦協定とその破棄を契機に一発大逆転する、全3巻の小説の3巻目のかなり最後の方にこの物語のクライマックスはやって来る。

休戦破棄を契機に、北方戦線で逼塞していた「股くぐりの韓信」軍30万も援軍に駆けつける。
かねてからの飢餓状態でモチベーションが下がっていた項羽軍は、戦闘再開を機に逃亡兵が相次ぎ、急速に自壊を始める。


小説「項羽と劉邦」の醍醐味は、終盤のこの鮮やかな大逆転劇にあるのは間違いない。

それまで重要な戦闘でも負けてばかりの劉邦が、最後の一戦で渾身の逆転を決める。
そして劉邦の参謀達が占領地で善政を敷き世論を味方に付け、また兵を飢えさせることなく、したがって負けても負けても兵員補充に事欠かない。

そうやってじわじわと下地を作って、その上での最後の逆転劇。

項羽のような直線的速戦主義は、分かりやすい。
結論が推測し易い。
しかし、速戦主義だけを重ねていっても、いつかどこかで破綻するものなのかもしれない。

じわじわと周辺環境を固めて、世論を味方に付け各地に協力者を作っておくと、いつか劉邦のように最後の勝ちを収めることが出来るかもしれない。
などと思った。
posted by ヤス at 09:58| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年12月05日

ニュースの読み方

最近、ネット空間に飛び交うニュースの真偽があらためて問題になっている。
アメリカの大統領選でも、片方の陣営から流されたデマ情報に多くの人が踊らされ、実際の票数にもかなりの影響があったことが推定されているようだ。

あるいは、IT企業のDeNAが運営する健康医療情報サイトに掲載されていた内容が、専門家のチェックを経ておらず、素人や極端に思想の偏った投稿者による情報がまかり通っていて問題になった。
ハフポストで読んだ記事によると、このDeNAの健康サイトには肩こりの原因は動物霊が原因だったり「霊的なトラブルを抱えた方に起こりやすい」、みたいなのも投稿されていたらしい。
これはこれで、一種の大喜利と思って読めばまた違った楽しみ方も出来るような気もするが。

DeNAのサイトではこの他にも他からの無断コピペがまかり通るなど、サイト内はかなりの無政府状態に陥っていたらしい。


わたしも毎日SNSをちらちら閲覧しているわけであるが、流れてくる記事の中には、いろんなニュースサイトのリンクや引用記事などもたくさんある。
少し思うのは、多くの人がネット上に流れているニュースや投稿記事をちょっと信用し過ぎなのではないか、ということだ。

各種のニュース記事も、所詮は人間が書いたものである。
人間というのは、日常的に思い違いをしたり記憶が間違ったり、自分の中にある思想的なフィルターを通すことで同じ事象でも他の人とは違う解釈をしたりする。
あるいは見た事実を文字に変換する段階で、おそらく実際の出来事とはかなり違ったことになる。

だからニュース記事というのは、産経新聞だろうが朝日新聞だろうが東スポであろうが、かなり事実とは異なることが書かれているという心構えで読むべきである。

今更言うまでもないが、大きな新聞社やテレビ局というのは、いろんな利権構造の中に不安定に漂っているので、その報道内容にはある種のバイアスが作用せざるを得ない。
ネット上に出てくるたくさんの記事の書き手にしても、単にPVを集めて広告代を稼ぎたいとか、その執筆動機はさまざまであろう。

ニュースを読む方の人間としては、そういう書き手の立ち位置や動機付け、思想的な背景を想像しながら読むのが本来の読み方であると思われる。


もう一度確認しておくと、世の中に流れるニュース記事は、100%完全に真実を伝えるものはどこにも無い。
すべての記事が程度の差こそあれ少しずつ間違っており、いくらかの嘘を含んでいる。

というか、この宇宙にはおそらく完全な真実というのは存在しないのである。
ただ「わたし」という観察者から見える主観的な風景があるばかり、そういうことだと思った。
posted by ヤス at 10:19| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年12月04日

健康な生活サイクルについて

昔から、無事これ名馬と言う。
あるいは、ウサギとカメの競争の寓話にもある通り、瞬間的に力を発揮するタイプよりも、コンスタントに確実に前進する方が結果として大きな成果を上げることが出来る。

この間フルマラソンを走った。
いつもの通り練習不足で、途中死にそうになりながら、まあ最後まで生きたままゴール出来た。
しかしともかくも、途中で歩かなかった自分は偉いと思った。
途中20代くらいの活きのいい兄ちゃんが颯爽と横を抜いていったが、その兄ちゃんは20km過ぎでとぼとぼ歩き出して、チンタラ走っているわたしに気の毒にも抜かれた。

仕事を進めるにおいても同様なことがある。
仕事のスピードというのは、実際に仕事をやっつけている間の手の速さよりむしろ、取り掛かるまでの空走時間、途中で中断して止まっている時間、さらに仕事を再開したのはいいが中断したためになかなかエンジンが掛からないことによるロスタイムなど、仕事をこなす最大速度とはあまり関係ない部分で決まるものであろう。


最近はブラック企業問題が社会問題として大きく取り上げられるようになっているが、この背景には、日本人は長時間働く割に仕事が進んでいないのではないか、という問題意識があるような気がする。
さらに言えば、最近の仕事は高度経済成長の頃のような単純作業から、より創造的なものに変わっていることがある。
日本人が従来の所得を維持するには、環境変化に対応しつつ仕事の端々にクリエイティブな何かを付加していかないといけない。

そしてクリエイティブな仕事をするには、心と身体の健康状態がともに良好であることが不可欠と思われる。
そのためには毎日きっちり睡眠をとり、美味しいものを食べて適当に運動する、というような健全なライフサイクルを確立しておく必要があるに違いない。

しかし、そういう健康的な言説を書きながら少し思ってしまうのは、20代くらいのまだ体力のある時代には、多少の徹夜仕事や押し潰されそうな大きなプレッシャーのある仕事を経験しておくこともまた無駄ではない、そういう気がする。

まあ断食ダイエットと同じで、ちゃんとしたお医者さんとかが介添で付いていないと、我流の断食では体調を崩す恐れが大きい。
20代の仕事の無理も、それなりに組織の中で制御されたものでないと、とんでもない事故に繋がるリスクがあると思う。

ということで、ジジイであるわたしとしては、なるべく仕事を要領よくこなして健康な生活サイクルをキープし、ボチボチ長生きしたい、と思った。
posted by ヤス at 11:11| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年12月03日

暗記は重要かもしれない

何かについて考えようとする時には、関連することがらをやはりきちんと記憶していることが必要だと、ふと思った。
ひところ暗記中心の詰め込み教育に対する批判が盛り上がった時期があったようにも思うが、学校教育の少なくとも半分くらいは、暗記スタイルであってかまわないような気がする。
いや、かまわないというより、子供のうちに憶えるべきことをとりあえず頭の中に詰め込んでおくことは必要なことであると思う。

歴史の年号を憶えるようなことでも、やはりなるべく正確に憶えておいた方が歴史の流れの理解がスムーズに進む。
例えばフランス革命が完成した1799年と、アメリカの独立記念日1776年7月4日、というのを憶えていたとしたら、アメリカの独立の方が先でフランス革命が後だったことが分かるし、両者の時間的位置関係がかなり接近していることから、このふたつの出来事の間にはいろいろと相互作用があったのではないか、という想像が成立する。
(ちなみにこの年号はつい今さっき調べたものである)

あるいはソクラテスとプラトンはどっちがどっちの師匠であったかや、アリストテレスは誰の弟子で彼の代表的生徒が誰だったか、確かアレキサンダー大王だったか、というようなことをおぼろげでも憶えていると、その辺りの歴史に対する関心が、何かの拍子に溢出してくるかもしれない。


また最近はスマホなどの携帯電子機器が進化して、なんでも分からないことはその場で検索すればたいてい出て来る。
あるいは仕事のスケジュールとか、備忘録とかも電子的に「外部記憶」にとりあえず憶えさせておくことも容易になった。

しかしそういったことも、たぶん可能な限り脳みその中にいつでも引き出せる状態で格納しておく方がよい。
脳みその中に格納しておくことで、無意識的にそのことを意識するようになり、知らない間に脳神経細胞のシナプスの組み換えが進行し、思考回路がいつの間にか最適化されてよいアイデアが出る、そんなことだってあるかもしれない。

とりあえず、重要なことはなるべく正確に憶えておく、そしてあまり重要そうでもないことでも、興味をひいたことはいったん脳の記憶装置の中にしまってみる、そうすることによって脳がかなり活性化するのではないか、ということを今考えている。

これからは名刺交換した人の名前も、スケジューラーに書き込んだスケジュールの内容も、出来るだけ正確に記憶するよう頑張ってみようかな、と、そろそろモノ憶えの悪くなった頭でそんなことを思ってみたのであった。
posted by ヤス at 13:07| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年12月02日

儀式としてのオリンピック

2020年東京オリンピックの会場整備問題にまつわるニュースがいろいろ流れている。
報道では予算が約2兆円になったとか、2兆円ではまだ高すぎるのでさらに削るべき、とかの議論があるようだ。

最近のオリンピックではロンドンでも北京でも、結局総額で2兆円前後の資金が投入されている、という話もある。
はたしてどの程度か適正規模なのかは、なかなか見当がつかない。

オリンピックにこれだけ巨額の資金が必要なのは、ひとつにはオリンピックが世界最高・最大のスポーツイベントである、ということがあるのだろう。
世界最高・最大なので、その競技会場も周辺環境も最高レベルを確保しないと格好がつかない。
その理屈で最高レベルの競技会場を実施種目分整備していけば、自ずと巨大な金額になるのは自明であろう。

考えてみると、スポーツイベント、スポーツ大会というのはいろんな意味で「儀式」としての性格が強い。
オリンピックでは世界中から集まった選手の中から一番強いやつ、一番速いやつをコンペティションし、優勝者を決める。
そして優勝者の栄誉を讃える。
コンペティションの正統性を保証し勝者の価値を最大化するためには、そのイベントにしかるべき格式と権威を与えねばならない。

だからオリンピック以外でも、たいていのスポーツ大会には開会式・閉会式があり、優勝者・入賞者を表彰する式典がある。
また勝者の証となる金・銀・銅メダルが与えられ、田舎の小さいスポーツ大会であってもそれらしい表彰状が作成・授与される。
ただ単に競技力を測定して選手間で比較するだけなら、単なる記録会になってしまうのである。

このようにスポーツ大会というものには、大なり小なりの儀式的形式が要る。
ましてそれがオリンピックになれば、競技会場の儀式的形式として、「世界最高」にふさわしい規模と壮麗さが要求され、その結果莫大な予算が消費されることは致仕方がないように思われる。

逆に言えば、最高規模の祭典儀式を行うところにオリンピック開催の意義もあると思われる。
そういう意味ではひところ提唱されたコンパクト五輪のコンセプトは、それが予算規模の縮小を意味するとすれば、本来の意義からは少し矛盾しているようにも思える。

考えてみると、昔やっていた古代オリンピックは、開催の地はギリシャはエーリス地方のオリュンピアに決まっていたらしい。
古代オリンピックは開催地固定方式だったわけだが、近代オリンピックもいっそ固定にした方がいいのではないかと思ってしまう。

まあ会場をどこにするかで揉めるだろうけれど、古式にならってギリシャの地に、世界各国からお金を3〜4兆円くらい出してつくれば、それはそれは立派な祭典が出来るのではないか、などと思った。
posted by ヤス at 10:35| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年12月01日

匂いの記憶

今から24年前の1992年にバックパックを担いで中国を40日間旅行した話については、ここでも何度か書いた。
40日で総予算20万円ほどの旅であり、往復は神戸発着のフェリー「燕京号」を利用した。
燕京号は確か、神戸から50時間ほどかけて天津の港に到着する。
20年以上昔の天津は、おそらく現在とはかなり違っているだろう。
しかし当時から既に、高いビルや大きな道路が目立つ大都市だった。

フェリーは大揺れに揺れながら東シナ海をかすめ、続いて黄海に入る。
甲板から眺める海は、大陸に近づくにつれて深い青緑色からだんだん茶色、黄色と色が変わって来る。
いよいよ天津港に近づいて、港に林立する倉庫の群れや赤茶けたでっかいクレーンが見えてきて、いよいよ中国大陸に着いたかと非常に興奮したのを思い出す。

で、赤茶けた港の風景とともに強烈な第一印象として残っているのが、「匂い」であった。
なんと表現するのが適切であるのか、唐辛子ベースに工場や自動車の排気が混じったような独特の匂いが、船上にいてプーンと鼻に入って来た。

結局その匂いは地域ごとにいくらかバリエーションを変えながら、旅行中ずっと付いて回り慣れることがなかった。
中国旅行の記憶をたまに思い返すことがあると、まずあの唐辛子ベースの匂いが脳内でBGM的に蘇って来る。


ところで、たまに人の家に訪問して中に入れてもらうと、だいたいその家庭独特の匂いというのがある。
わたしがたぶん幼稚園くらいの頃、当時は四角いウサギ小屋をいくつも並べて積み上げたような新興の団地群が各地に出来ていて、わたしも某所に建設された小屋の群れのひとつに住んでいた。
で、隣の方とかや少し離れた棟の家々に幼稚園の同級生が住んでいて、暇に飽かせてはそれらの友人宅に順繰りに遊びに行っていたものである。
その時にどんな風に遊んでいたかは、既に記憶がかなり揮発していてもちろん憶えていない。
ただ、友達の家に上がった時に感じた、人の家の匂い、というのがなぜか記憶に残っている。
それは匂いそのものの記憶というよりは、その匂いを感じることで「人の家に遊びに来たな」というある種の越境感覚というのか、空間認識の体験に類する記憶である気がする。

あの「人の家の匂い」の原因は、個人的な想像としてはその家庭の食生活をベースに、タバコや洗剤や化粧品や加齢臭など、その家のライフスタイルをぎゅっと凝縮したものであろう。
だからちゃんと家ごとに違う匂いがするものである。

中国に上陸した時に感じた匂いは、言ってみれば「人の家の匂い」を街ごとまとめたその巨大バージョンだったような気がする。

匂いというのは五感の中でももっとも生物学的歴史の古い感覚なので、顕在意識にのぼらないけれどけっこう強烈なシグナルとして作用すると思われる。

だからわたしのようなおじさんも、時々自分の匂いをクンクンして、臭くないように気を付けないといけないよな、と思った。
posted by ヤス at 16:26| Comment(0) | 徒然なるままに