2016年11月29日

仕事の手際を良くしたい

さて、世の中にはいろいろと面倒臭いことが多い。
中でももっとも面倒臭いのは、お金を貰ってやる「仕事」である。
というのはお客さんの手前、あまり大きな声では言えないけれど、仕事というのは時に非常に辛くてくたびれることは動かしがたい事実である。

たいていの仕事は辛くてくたびれるので、これを片付けるのはなかなか面倒臭い。
面倒臭い、という先入観があるとなかなか最初の一歩に手を付けられず、ずるずると時間ばかりが過ぎて行くことになりがちである。
この事態に対する最終的な歯止めは締め切りの存在であることは言うまでもない。
しかし出来ることならなるべく「締め切り効果」のお世話になることなく、パッパッと手際よく仕事を片付けて余裕の週末を過ごしたい、そのように願い続けて早数十年の歳月が経過した。

本屋に行くと「やる気のスイッチ」とか「知的生産性の向上」などといったテーマの本が、だいたいいつの時代でも並んでいる。
特に最近はスマホとかでSNSに精を出したり、ネット社会の進化拡大に伴い、そちらの情報にアクセスし閲覧するための時間が生活のかなりの部分を占めるようになっていると思われる。
自ずとそれ以外の時間が削られ、あるいはネットアクセスが深夜にまで及んで寝不足になる、なんて言うこともあるのかもしれない。

今の時代、PCなどの電子機器が激烈に進化して、大昔みたいにそろばんや電卓で計算作業をするより、大幅に生産性がアップしているはずである。
プレゼン資料とか計画書とかちょっとした文書でも、おおむねプリンターから出てきたかっちりしたものになって、読みづらい手書きのペーパーを見ることも無くなって久しい。

しかし、依然として時間は足りない。
それはやはり、何と言っても面倒臭い仕事の取っ掛かりが遅く、締め切りまでの時間を無為に消費しているからであろう。

ある作家の知的生産性について述べた本には、毎回毎回締め切り間際に徹夜で仕上げるやり方でも、それを繰り返しているうちに知的生産能力にそれなりの負荷が掛かり、やがてそれが血肉となって能力が上がり、知らないうちに出来るようになっているのだ、だからそれで良いのだ、と書いていた。

なるほどそうかもしれない。
しかし毎回毎回それではかなり心臓に悪い。
やはり余裕を持って手際よく仕事をこなすようになりたい。

面倒臭い仕事になかなか手が付かないのは、ひとつには「面倒臭さの敷居」をまたぐに十分な精神のエネルギーが溜まっていないことがあると思う。
面倒臭い仕事を想像するだになんだかぐったりする。
だから最初の一歩を踏み出すのに躊躇する。

この躊躇を乗り越えるための良い方法としては、自分の脳が躊躇するスキを与えないくらいの素早さでまずとにかく始めてしまうことだろうと思う。
脳が考える時間が無いくらいに自然にスッと始めること。

最近この具体的な手法を考案し、少しづつ試しているところである。
この数十年間あまり改善のなかった仕事の手際が、これによって激烈にパワーアップするのかどうかまったく不安しかない。
しかし人生は死ぬまで修行である、そう思って精進しようと、とりあえず今のところ思っている。
posted by ヤス at 10:40| Comment(2) | 徒然なるままに