2016年11月21日

ペース配分

まだ少し暖かい日もあるが、それでもだんだん冬らしくなって来た。
いよいよマラソンのシーズンが到来した感じである。
最近は街なかでもランニングをしている人の姿をよく見かける。

10年くらい前だと街なかを走るのはなんとなく気恥ずかしくて、なるべく人目につかない夜中に走ることが多かった気がする。
しかし今は、たまに東京なんかに行くと思うのだが、朝方でも日中でも常に視界の中にランナーがいる感じで、ひょっとしたら日本は世界中でいちばん「街なかランナー比率」が高いのではないかと思うほどだ。(よその国を知らないけれど)

マラソンというのはフルの場合は40kmあまりの距離を走るわけであるが、だいたいの場合において、最初の10kmで体が温まって調子に乗って、20km過ぎたあたりで少しずつ疲れを感じてちょっとやばいなあと思い、30km過ぎで脚が止まって撃沈する、というパターンに陥いることが圧倒的に多い。

しかしごくまれに、そこそこ練習が出来ていて最後まで身体が動く場合がある。

そういう場合、ゴールまでもうあと7〜8kmくらい、しかしまだ身体が動くぞ、さあどこからラストスパートしようか、と作戦を練らなければならない。


まことに、フルマラソンにおけるラストスパートというのは難しい。

ここで「ラストスパート」というものについて少し一般化して考えてみたい。
ラストスパートを実施するためには幾つかの条件が必要である。
まず、ゴールラインがあらかじめ決まっていること。

ラストスパートというのはリソースの配分の妙である。
スタミナというリソースを42km余の距離の中に、どのように最適に配分するか、そして最後の方で残余のリソースを余すところなく使い切り、きっちりゼロになるところでゴールする。
というのが理想のラストスパートであろう。

しかしそのためには、あと何キロ走ればよいのかが分かっている必要がある。
大抵の場合はうまくいかないけれど、あと5kmとか3kmとか分かるからこそ、身体と相談しながら残るスタミナの放出加減を調節することが出来る。

逆に言うとゴールラインが決まっているとかなり無駄なくスタミナを使い切ることが出来る。
ゴールの決まっていないマラソン、10kmで終わるのかあと100kmあるのか分からない場合、このようなリソース配分は不可能である。

そういう意味で、マラソンと人生はかなり違う。
人生というのは明日終わるかもしれず、あと50年続くかもしれない。
だから人生においてはラストスパートというものは、少なくともマラソンのようなペース配分というのは難しい、そういうことになる。

最適なリソースの配分をおこなうためには、人生にもある種のゴールラインを決めること、そのために幾つかの区切りを自分で決めて、そこまではなんとかがんばる。
そういうことが必要なのかなあと思う。

まあマラソンと同じで、そのペース配分そのものが難しそうなことは自明であるが、なんとなくそんなことを思った。
posted by ヤス at 07:28| Comment(0) | 徒然なるままに