2016年11月09日

組み合わせの妙

日本におけるあんパンというのは明治時代に出来上がったものらしい。
ところであんパンは、「あん」と「パン」の組み合わせによる食べ物である。
ウィキペディアによると、明治時代に茨城県の木村さんが考案したとある。
木村さんはたぶん、パンとあんを組み合わせたら美味しい食べ物が出来るに違いない、と予想を立てて考案したのであろう。

小豆の餡(あん)というのは鎌倉時代からあったらしい。
そしてパンは戦国期にポルトガル人が鉄砲なんかと一緒に持ってきたらしいが、まったく普及することはなく日本人がパンを焼いた記録はやっと江戸末期になってから。

明治になって少しずつパンが普及するが、パンが本格的に広まったのは前述の木村さんがあんパンを開発して以降だという。
まあ考えてみるとあんパンの構造は、あんこの入ったお饅頭やお餅の皮の部分をパンによって代替したものであり、しかもお饅頭やお餅と同じく炭水化物の小麦が主原料であって、これはきわめて妥当である意味必然的な組み合わせであったと思われる。


さて、次に「組み合わせ」によって出来たメニューとしてのカレーうどんについて考えたい。
まずカレーの日本における記録初出は、福沢諭吉であるらしい。
カレーがいわゆる「カレーライス」として完成したのは大正期であったとウィキペディアに書いてある。
カレー料理はイギリス海軍で採用され、その関連であろう、日本海軍でもメニューとして導入されたらしい。(陸軍でも食べていたらしいが)
さらさらのインドカレーに現在のようなとろみが加わるのは、揺れる艦上で安定して食するためのイギリス海軍の工夫であった、とこれもウィキペディアに書いてある。

さて、問題はカレーうどんである。
カレーと米の組み合わせによるカレーライスがどのようにしてカレーうどんに変身したのだろうか。

通常のカレーうどんは、うどんに単純にカレールーをかけるのではなく、うどんの出汁で割ったものを使う。
カレーうどんもあんパンと同じく、カレーライスのお米の部分をうどんによって代替したもの、と考えることが可能である。
しかし、カレーうどんはルーを出汁で割ることにより、従来からあるうどんに相当程度、融合しているように見える。

カレーうどん発祥の地には諸説あるようであるが、最初にうどんにカレーをかけた人はまあまあ勇気があると思う。
それはあんパンの発明に要した勇気をかなり凌駕しているのではないか。

それはたぶんコーヒーとトーストのモーニングに味噌汁を付けたり、寒い冬に鍋をつつきながら飲み物はコーラだったりする違和感と同じ種類のものを個人的には感じる。

食べ物というのは、大昔は人類の行動半径も狭かったので、自ずと身近に採れるものの組み合わせが「自然な組み合わせ」になったものと思われる。
しかし世界はグローバル化し、はるばるインドからやって来た香辛料と日本土着のうどんがパートナーになる、という奇跡が起きた。

おそらく今後も、アフリカのなんとかとチベットのなんとかの組み合わせとか、思いもよらぬ各地の食材の組み合わせが思わぬヒットメニューを生み出すのではなかろうか。

カレーうどんについて思いを馳せる時、人類のグローバルな文化交流が新たな価値を生み出すその瞬間が想像されて、その偉大さにあらためて気付くのである。
posted by ヤス at 09:09| Comment(0) | 徒然なるままに