2016年11月10日

トランプ勝利

まさかの結果に終わったアメリカの大統領選挙。

しかし、かなり以前の段階から、トランプの当選を予言していた識者もかなりいたようである。
また、これまでの的中率ほぼ100%という選挙予測のAIも、アメリカ国内外に流通する情報を分析した結果、トランプ勝利と予想していたそうだ。

事前の客観的情報としてトランプの勝利を示すものは意外にたくさん存在していたわけであるが、イギリスのEU離脱投票と同じく、「それ」が現実化したら恐ろしいことになるのでまさかみんなそっちに投票しないだろう、という有権者に対する妙な「信頼感」が今回もあったのが、今となっては面白い。

日本の政府中枢もクリントン勝利を最初から信じて疑うことがなかったようで、元参議院議員の松田公太氏のブログによると、9月の安倍首相の訪米時にクリントンには挨拶したのにトランプはスルーしたそうだ。

安倍首相はトランプの当選後、早速電話で祝意を伝えたらしいけれど、その時トランプがどんな思いで日本の総理と話をしたのかは、想像するだに興味深い。

ところでトランプのアメリカは、日本にとって良いのか悪いのかということが非常に話題になっている。
日経平均は開票日当日はトランプ有利を受けて大幅下落、一夜明けた今日はお釣りが来るくらい反騰という忙しさ。

日本経済はいったいトランプを歓迎しているのだろうか。
よく分からない。

アメリカでは反トランプの人たちが暴動を起こして怒りを表しているというニュースも流れているが、その一方でトランプは実業家のリアリストであり、かつ大統領には専門知識を持ったスタッフがたくさん付くので度を外れた暴走はしないのではないか、という希望的観測も出ている。

しかしその一方で、トランプに投票した過激な「サイレントマジョリティ」達は、その公約に謳われていた排外的政策の実現を強く求めるだろうこともまた、想像に難くない。

だからわたしはどちらかというと、やっぱり想像を超える「鉄砲ダマ」が日本に度々飛んで来て、その度に関係者が右往左往し大騒ぎになるのではないか、とやや不謹慎ではあるが、少し期待を込めて想像している。

まったく、バットを持って打席で振れば、どんなに打ちそうにない人でもホームランを打つ場合がやっぱりある、ということがよく分かって勉強になった。

posted by ヤス at 16:45| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年11月09日

組み合わせの妙

日本におけるあんパンというのは明治時代に出来上がったものらしい。
ところであんパンは、「あん」と「パン」の組み合わせによる食べ物である。
ウィキペディアによると、明治時代に茨城県の木村さんが考案したとある。
木村さんはたぶん、パンとあんを組み合わせたら美味しい食べ物が出来るに違いない、と予想を立てて考案したのであろう。

小豆の餡(あん)というのは鎌倉時代からあったらしい。
そしてパンは戦国期にポルトガル人が鉄砲なんかと一緒に持ってきたらしいが、まったく普及することはなく日本人がパンを焼いた記録はやっと江戸末期になってから。

明治になって少しずつパンが普及するが、パンが本格的に広まったのは前述の木村さんがあんパンを開発して以降だという。
まあ考えてみるとあんパンの構造は、あんこの入ったお饅頭やお餅の皮の部分をパンによって代替したものであり、しかもお饅頭やお餅と同じく炭水化物の小麦が主原料であって、これはきわめて妥当である意味必然的な組み合わせであったと思われる。


さて、次に「組み合わせ」によって出来たメニューとしてのカレーうどんについて考えたい。
まずカレーの日本における記録初出は、福沢諭吉であるらしい。
カレーがいわゆる「カレーライス」として完成したのは大正期であったとウィキペディアに書いてある。
カレー料理はイギリス海軍で採用され、その関連であろう、日本海軍でもメニューとして導入されたらしい。(陸軍でも食べていたらしいが)
さらさらのインドカレーに現在のようなとろみが加わるのは、揺れる艦上で安定して食するためのイギリス海軍の工夫であった、とこれもウィキペディアに書いてある。

さて、問題はカレーうどんである。
カレーと米の組み合わせによるカレーライスがどのようにしてカレーうどんに変身したのだろうか。

通常のカレーうどんは、うどんに単純にカレールーをかけるのではなく、うどんの出汁で割ったものを使う。
カレーうどんもあんパンと同じく、カレーライスのお米の部分をうどんによって代替したもの、と考えることが可能である。
しかし、カレーうどんはルーを出汁で割ることにより、従来からあるうどんに相当程度、融合しているように見える。

カレーうどん発祥の地には諸説あるようであるが、最初にうどんにカレーをかけた人はまあまあ勇気があると思う。
それはあんパンの発明に要した勇気をかなり凌駕しているのではないか。

それはたぶんコーヒーとトーストのモーニングに味噌汁を付けたり、寒い冬に鍋をつつきながら飲み物はコーラだったりする違和感と同じ種類のものを個人的には感じる。

食べ物というのは、大昔は人類の行動半径も狭かったので、自ずと身近に採れるものの組み合わせが「自然な組み合わせ」になったものと思われる。
しかし世界はグローバル化し、はるばるインドからやって来た香辛料と日本土着のうどんがパートナーになる、という奇跡が起きた。

おそらく今後も、アフリカのなんとかとチベットのなんとかの組み合わせとか、思いもよらぬ各地の食材の組み合わせが思わぬヒットメニューを生み出すのではなかろうか。

カレーうどんについて思いを馳せる時、人類のグローバルな文化交流が新たな価値を生み出すその瞬間が想像されて、その偉大さにあらためて気付くのである。
posted by ヤス at 09:09| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年11月08日

ニコンが心配

今朝のニュースで、デジカメなどで知られるニコンが、千人規模の人員削減を検討中というのが流れていた。
写真機愛好家のわたしはフィルム時代から長らくニコンのカメラを愛用、というか愛蔵してきた。
なので上記のニュースは非常に気になる。

ニコンは単独で従業員数5500人ほどの会社なので、このうち千人を削減するというのはなかなかの大規模リストラである。
はたしてそんなに業績が厳しいのだろうか。
ニコンは上場企業なので財務内容が開示されている。
それを見ると最近の売上ピークが2013年で1兆円超だったのが2016年3月期は8,229億円。
当期純利益は2012年の593億円から2016年は222億円に減少している。

売上減少が減益要因の1割程度で、大部分は営業利益率の低下による減益のようである。
そしていちおう利益は確保しているが、その未来は非常に厳しいようなのである。


大昔、確か1990年台の初め頃に、カメラ事業でキャノンの後塵を拝して苦戦していたニコンが復活した、というのを書いたビジネス本を読んだ記憶がある。
かつてのニコンは当時急成長中だった半導体産業に向けて、「ステッパー」という露光装置の製造に乗り出し、その分野で世界シェアトップの座を占めて1980年台後半にかけて急成長した、というような本だったと思う。

その頃はNECや東芝なんかがまだまだ元気に半導体チップを作っている頃で、日本の半導体産業自体が世界を席巻していた。
ニコンとしてはその流れにうまく乗っかったということだったようである。

しかし、時代は流れて半導体産業は台湾や韓国勢が圧倒的に優勢になり、日本の半導体メーカーは次々に消えていって、今残っているのは東芝のNANDフラッシュメモリとNEC等の半導体事業が合併して出来たルネサステクノロジくらい。

今となっては東芝もルネサスも金融緩和による円安政策によってかろうじて息をしている状態である。
そしてニコンのステッパー事業は、世界シェアは失ってしまったけれど日本国内におけるシェアは依然としてまだ高い。
というか国内向けの出荷によってニコンはかろうじて事業を維持している、という風にしか見えない。

ニコンがステッパーで世界シェアを失ったのは、韓国・台湾の半導体メーカーが要求する量産性能には応えずに、国内メーカーの要求である高精度にこだわったことにあるのは間違いない。

ニコンは今後成長が期待される医療分野に注力するそうだが、ここのセグメント売上は現状たったの183億円で、リーディングカンパニーであるオリンパスが6千億円規模であるのに比較するとアリとライオンくらいの差がある。
この先いったい、どうするつもりなのだろう。


もっとも心配なのは、わたしの愛するニコンのカメラがこのままフェードアウトしてしまうことだ。
ニコンは不変のFマウントを1959年のニコンF以降ずっと続けてきているけれど、ここいらでどんと革新があってもいいような気がする。

レンズ交換カメラはおそらくミラーボックスが無くてコンパクトなミラーレス機に移行するに違いない、と思う。
いつまでも伝統の技術にこだわるニコンの悪い癖で、ガラスのプリズムを使った光学ファインダーを捨てられないようだと、たぶんニコンのカメラは遠くない将来に消えるような気がしてならない。

とりあえず、ニコンのカメラの将来が心配なのである。
posted by ヤス at 15:54| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年11月07日

マラソンを完走出来る理由

来週はおかやまマラソンがある。
およそ13000人のランナーがゴールを目指して42km余の距離を走るらしい。
わたしは今回もおかやまマラソンには出ないが、しかし他の大会で時々42km余の距離を走る。

フルマラソンの距離を完走するのはなかなかしんどい。
日頃のトレーニングをもう少しがんばれいくらか楽になるのかもしれない。
しかし、トレーニングをがんばればがんばったで本番のペースがその分上がって、結局あんまり楽にはならないだろう。

では、と思って最初からそろりそろりと走ったところで、20kmを過ぎたあたりから妙に足が重くなる。
フルマラソンは当たり前だが歩くと走るよりかなり時間がかかる。
時間がかかればその分脚へのダメージが生じて、結果しんどい。

つまるところ、余力を残しながら適度なペースで走りきるのがいちばん楽であると思われるが、いまだそういう境地に達したことはない。

いずれにしても、練習不足の中42kmをしんどい思いをして走るという蛮行に、1万人以上の人々が興じるというのはかなりクレージーだと思う。
これがさらに東京や大阪では3万人以上集まってまだかなり余る人がいるというから驚きだ。

わたしの場合、一人の練習で42kmを走りきれるか、というとまったく無理だと思う。
並々ならぬ決意を胸に42km走に出たとしても、途中でだるくなってあっさり決意を放棄するに違いない。
(よく考えたら今までチャレンジしたことさえなかった)

しかし本番では曲がりなりにも最後まで走りきれる。
一人では無理でも本番では完走出来るその理由は、ひとつには沿道の応援の存在がある。
しかし街中のマラソンと違って、河川敷コースなど沿道の応援がまったくないマラソン大会というのもある。
これはこれでそれなりにがんばれる。
ひょっとしたらマラソンのがんばりに応援は関係ないのかもしれない。

まあ応援がいなくても周囲には同じゴールを目指すクレージーな人々がいる。
さらに大会参加費として5千円とか1万円とかのけっこうな費用を投じている。
だから走らざるを得ない、という面はある。

またたいていの大会ではランナーに無線タグを着けてタイムを計測し、ゴール直後にタイムを印字した完走証をくれる。
ご丁寧なところでは5km毎のラップが載っていたりもして、後半に向けてペースがガタ落ちしたのがよく分かる。
オフィシャルに残る計測記録にあまり無残なものを載せたくはない。
だから頑張らざるを得ない。

一人で42kmの距離を走る切るのは、走力のないわたしにはかなり面倒くさいことである。
しかしマラソン大会というシチュエーションさえ整えば、なんとか完走出来て、なんなら終わった後けっこう清々しい気分さえ味わうことが出来る。

人間は、条件さえ整えば不可能と思っていたことが可能になるのである。
これって何か他にも応用出来るのではないか、と思う。
しかしまあ、今のところ特に良いアイデアは浮かんでいない。
でもきっと何か良い応用があるような気がしてならない、そんな今日この頃である。
posted by ヤス at 10:46| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年11月06日

睡眠時間と因果関係

今朝は事情により3時10分頃に起床した。
寝たのが夜10時過ぎだったので睡眠時間は5時間くらいになる。
だから少し眠い。

ほんとうは7時間くらい寝た方がいいのだろうけれど、特に事情が無いふつうの時でも夜ぐずぐずしてなかなか寝付かれず、6時間かそれ以下しか寝ないことが多い。

今朝のニュースを見ていたら、睡眠時間と収入が比例するというのがあった。
十分な睡眠を取り、脳みそが明晰な状態をキープすると仕事がはかどって収入が増加する、という関係があるのかもしれない。

しかし、睡眠時間と収入の関係は、必ずしも「因果関係」とは言い切れない気もする。



一般に、オランダ人は身長が高い。
かつ、オランダ人はおそらく日本人よりたくさん牛乳を飲むだろう。
したがって、日本人もオランダ人並みに牛乳を飲んだら背が高くなる、ということは言えるのだろうか。

身長を決定する要素としては、遺伝と成長期の栄養状態が影響していると想像される。
だから牛乳が身長に与える影響はあるかもしれない。
でもたぶん人間の身長を決めるのは大部分遺伝的要素である。
だからオランダ人は牛乳を飲んだために背が伸びたと言うよりは、背が高い遺伝子を持っている人たちがたまたまたくさん牛乳を飲んでいる、ということなんだろうと思う。

何かの調査の結果、睡眠時間と収入に正の相関関係があった場合でも、だからたくさん眠れば収入が増えるという「因果関係」が成立すると、ただちには言えないだろう。

睡眠時間と収入の関係については、収入と睡眠時間に直接の因果関係があると言うよりは、収入の高い人は時間の使い方が上手く、したがって必要な睡眠時間をきっちり確保している、ということなのではないかという気がする。

この場合、時間の使い方の要領良さが高い収入を生むという因果関係になっていて、だからたくさん儲けるためにはただたくさん眠ればよい、ということにはならない。
高い収入のためには時間の使い方をいろいろ工夫しないといけないことになる。

時間を上手く使えるようになることは、ただたくさん寝るだけに比べると、ハードルが高い。
やはり高い収入を得るにはそれなりの努力が必要ということなのかもしれない。

それにしても眠い。
この眠たさの中で思うことは、やはりまずたくさん寝て頭をスッキリさせることがすべての出発点かもしれない、ということだ。
今日の夜はがんばって早寝しようと思う。

posted by ヤス at 08:53| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年11月05日

古坂大魔王について

ここいらでそろそろ、「PPAP」で名を挙げたピコ太郎とそのプロデューサー・古坂大魔王について触れねばなるまい。

古坂大魔王は青森県出身の43歳、彼が出演する動画アーカイブをいくつか見たところによると、彼の芸歴は23〜24年ほどになるようだ。
そこそこのベテランである。

そして、ピコ太郎である。
ピコ太郎はその自己紹介によると、千葉県出身の53歳であるという。
古坂大魔王が青森出身の43歳の一方でピコ太郎がなぜ千葉出身の53歳なのかはひとつの謎である。

たぶんただの思いつきであろう。

ところでわたしは、そこそこのお笑い好きを自負していたわけであるが、このピコ太郎と古坂大魔王については恥ずかしながらノーマークであった。
しかし現代の世の中にはネットアーカイブという便利なものがあるので検索するといろいろ出てくる。

面白いのはこの1週間くらいで出てくる動画の種類がめきめき増えているようだ、ということだ。
ビルボードチャートインとか外国記者クラブの記者会見とかのイベント、急増するテレビ出演とかで検索する人が増えているのだろう。
「マネーの虎」の映像をはじめ、お笑いライブやアイドル番組、テレビ出演シーンやイトーヨーカドーのCMなど、たくさん確認することができた。

動画アーカイブをいくつか確認した結果、彼(ここから「彼」とはピコ太郎ではなく古坂大魔王をもっぱら指す)の芸風は、基本的にはイジリ芸であることが分かった。
彼は、先輩芸人が相手の時も後輩が相手でも、時に年端もいかぬ若いアイドルが相手の場合も、時に上げたりあるいは下げたり、いろいろいじって笑いを生み出す。

その時のいじりは基本テキトーである。
いくつかいじりの定型パターンは用意されていて、まず軽くいじりながら様子をうかがい、そのうちエンジンがかかってきていろいろ思いつく。

「そこでちょっと耳を舐めてみようか」

とか、その思いつきにはもちろん何の意味も無く、ひたすらテキトーであるが、ちゃんと面白い。

彼はどこかの動画で語っていたが、どんな若手の無名芸人も、学生時代はクラスでいちばん面白いやつ、みたいな感じだったはずで、本来は必ず面白いはずであるという。
だからあまり受けてない無名芸人であっても、古坂大魔王が彼らの本来持っているものを引き出すだけでちゃんと面白くなるのだ、だそうである。

あるいはこうとも言う。
すべてのものは面白いのだ。
すべてのものは、本来持っている面白さを引き出すことで笑いに変えることができる。
だ、そうである。

たぶんそういうことも思いつきでしゃべっている可能性が高い。
だからあまり感心しているとバカみたいであるが、何も無いところから思いつきを即実行に移せる勇気と、とりあえず勢いで何とかなると固く信じている感じは、素晴らしい。

彼の芸風を見ていると、たぶん人生は思いつきと勢いで何とかなるのかもしれない、そして周りの出来事をいちいちあまり深く考え過ぎるのはバカみたいで笑える、と思った次第です。
posted by ヤス at 15:51| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年11月04日

定住が先か農耕が先か

女性という生き物は、家とか住居が好きである。
そういう統計データが手元にあるわけではないが、これまでの人生経験を通じてそのように感じる。
わたし個人としてはオートバイにテントと寝袋を積んで諸国を流浪する、というようなライフスタイルがひとつの理想であるが、残念ながら今はオートバイが無い。
というかいちおう働いて、いくばくかの金銭を稼がないことには日々の生命維持に支障をきたす。
だからしぶしぶながら定住生活を行なっているところである。
流浪生活と定住生活の嗜好に関して男女の性差があるのかどうか知らないが、数万年前の人類の狩猟採集時代においては、体力のある男性が原野に獣を追いかけ、非力な女性は植物の実や種の採集を行いつつ住居を守るというのが基本のパターンとしてあったと思われる。
女と家で嫁と書くくらいで、少なくとも世間的な観念上は女性の方が住居との結びつきが濃い、という風に捉えられている節がある。

また平安時代の「通い婚」でも通うのはもっぱら男の方である。
女は家を守り、男は流浪する、そういう原初的な記憶は今も残っているのだろうか。

もちろん現代社会においてはそういう固定観念は通用しない。
人類の大半は狩猟採集生活を卒業してかなりになる。
また、ライフル銃と四輪駆動車を駆使する現代の狩猟なら女性の非力は問題にならない。

人類は文明の力で肉体的な可能性の壁を打ち破った。
そのような文明の力こそが「人類性」というものであろう。

ところで、狩猟採集生活を営んでいた人類が本格的な農耕を開始したのは1万年前くらいと言われている。
農耕生活による食料の安定供給体制が、やがて定住のライフスタイルを定着させ社会組織の複雑化や文明の急速な発達を促した、そのように学校で習った憶えがある。

しかし最近の説にはそれに逆行するものがあって、定住生活が先にあり、定住生活が定着したのちに農耕が始まったというのである。

現生人類であるホモ・サピエンスは、5万年前くらいにアフリカからユーラシア大陸に拡散していったと言われている。
いわゆる「グレート・ジャーニー」だ。
常夏のアフリカと違って、ある程度の高緯度地帯には季節の変化がある。
夏から秋にかけては植物性の食料源が豊富にあっても、冬が寒いと植物には頼れない。
逆に秋の間にたっぷり餌を食べた大型の獣が冬の間はご馳走になる。
ただし、狩猟による食料確保は非常に不安定なので飢餓に対する備えが必要だ。
ひとつの回答は木の実や種子類を保存して冬の間の備えにすること。

しかし、食料貯蔵庫があるとそれまでのように気ままな移動生活は出来なくなる。
貯蔵庫を中心とした「定住生活」を確立しないといけない。

そして、定住生活がある程度軌道に乗った後、次のステップとして安定的な植物性の食料源確保のための新技術として栽培植物の育成が始まった。

そういう説が出て来ているらしいけれど、なるほどと思う。

農耕と定住生活の関係は、どちらが原因でどちらが結果だったのだろう。
しかしこれは人類における直立二足歩行と脳の大容量化は二足歩行が先だった、という話と似て、人間の因果関係に対する固定観念は当てにならない、という感じがする。
posted by ヤス at 10:54| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年11月03日

コンビニ受取の謎

Amazonでの買物は便利で良いのだが、ひとつ問題だと思うのは荷物の受け取りである。
午前中指定とかの配達時間指定サービスというのがいちおうあるが、例えば9時から12時の指定だと、この3時間の間、出掛けることも出来ずに荷物を待つ時のストレスは、まあまあ大きい。

だからしばらく前からAmazonの荷物受け取りはもっぱらコンビニを使っている。
Amazonとコンビニの荷物受取サービスの提携は、なぜかセブンイレブンは少し出遅れているようで、わたしの荷物受取先はたいていファミリーマートである。
近くにはセブンもあるのであるが、Amazonの買物画面に出て来るコンビニの一覧にはセブンの店は無い。
だから最寄りのファミマをいつも選ぶ。

一方でヤマト運輸とセブンの間ではちゃんと連携関係が出来ているらしく、何かの拍子に自宅直配達になったAmazonの荷物を受け取り損ねた時、ヤマトの再配達手続きのウェブの画面には再配達指定先にセブンの店舗がちゃんと出て来る。

そしてそういう場合はせっかくなのでセブンを選ぶのである。

そういうわけで、宅配便の荷物受け取りに、わたしはファミマとセブンのどちらかを使っている。
しかしふたつを比べると、その受け取り方の違いがかなり違って少し驚くのである。

まずファミマの受け取り方。
ファミポートというらしい、チケット発行とかに使う店頭端末にメールで届いた2種類の「番号」を入力する。
するとバーコードを印字した感熱ロール紙がプリントされて、それをレジに持って行くとバックヤードに荷物を取りに行ってくれる。
さらに荷物の段ボールに貼ってある紙を剥がして受け取りのサインを記入、店員はロール紙のバーコードをレジで読み取って受取証をプリンタから打ち出して日付印を押して荷物と一緒に渡してくれる。

なんというか、とっても手続きが煩わしいのである。

店員さんが少し気の毒になる。

そこへ行くとセブンイレブンの受け取りは超簡単。
荷物取りに来ましたとレジに直で声を掛けて、再配達手続きをして発行されたメールの画面をスマホで見せる。
荷物はたいていレジの内側の床の上に置いてあるから客からもよく見える。

「あっ、その右側のちっちゃい箱だと思います」
とか言って店員に荷物を取ってもらい、宛名が間違ってないか確認したらそのままもらってそそくさと店を出る。

この間レジの操作は無い。
スマホの画面を見せて荷物をもらうだけ。

おそらく上記の状況は、ファミマはAmazon、セブンはヤマト運輸との契約というところから生じているものであろう。

それにしても同じ荷物代理受取サービスでここまで手続きの煩雑さに差が生じているのは、非常に謎である。


なんならレジの店員を介さずに、荷物受取ポストとか使ってサービスを無人化することだって出来そうで、ファミマの面倒臭さは尋常ではない気がする。

しかしまあ、たぶんそのうち簡便化されるのではないかと期待しつつ、観察を続けようと思う。
posted by ヤス at 15:33| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年11月02日

写真趣味のレベルアップ

これまでにも何度か書いているが、わたしはカメラが好きである。
いや、好きであったと言うべきかもしれない。
どうも最近はカメラのシャッターを切る気がしない。
これって、加齢による生きる意欲の低下なのではないか、などという余計な心配が頭をよぎる。

あれは1991年の冬だったと記憶している。
最初の一眼レフを買ったところからわたしのカメラ趣味は始まった。
もちろんフィルムカメラである。

最初の頃はシャッターを切るのが非常に面白かった。
フィルムカメラはデジタルと違ってランニングコストが掛かるのが玉に瑕だ。
リバーサルフィルムが36枚撮りで800円ほど、現像代もやはり1本800円くらいしたのではないかと思う。
単純計算で1枚あたりのコストが40円くらいになる。

調子に乗って36枚撮りを3本も使うと、もうウン千円が飛んでいく。
しかし最初の頃のカメラ体験が面白く感じたのには、撮影にコストが掛かって、したがって一枚一枚身を切る思いで慎重にシャッターを切っていたのが効いていたのかもしれないと今にして思う。


そういえば先日広島・呉の大和ミュージアムに行ったら、日本海軍における写真記録の歴史が展示してあった。
その時あらためて思ったが、19世紀頃、黎明期の写真技術はそれまでの精密スケッチに代わる画期的な情報記録術であったわけで、とりあえず絵を描くよりも正確に素早く画像記録が残せる、というのが当初の写真の価値だったのだ。

構図がどうとか色味がどうとか、四隅の解像度やタル収差などはどうでもよかった。
目の前の風景がいとも簡単に「生き写し」に出来ることに人々は驚いたことだろう。

思えばわたしの初期の写真趣味も、写真黎明期の人々の驚きと似たような感じだったかもしれない。
千円も2千円も費用をかけてシャッターを切り、露光したフィルムを現像屋に持ち込んで一晩待って、その上で出来上がりを見る場合、現在のデジタルで瞬時に撮影結果を確認するのとはだいぶイベントとしての重厚さに差がある。

フィルムカメラには、そういう人を余計に喜ばせるプロセスがあったわけで、逆に言うとその分撮影結果に対する自己評価は甘めにならざるをえない。
現代のデジタルカメラは、撮影から結果の確認に至るコストと時間がフィルムに比べるとほぼゼロなので、撮影者の喜びはもっぱら写真の出来栄えに左右されることになる。

また、フィルム代も現像代も不要のデジタルカメラでは人々のシャッターを切る回数も、たぶん二桁くらいかそれ以上に増えているに違いない。
あるいはほぼすべてのスマホに標準装備されたカメラ機能のおかげで、撮影装置たる「カメラ」の普及率もかつてとは比べ物にならないほど拡大している。

このように現代の「写真趣味」は、30年前と比べるとかなりレベルアップしていることが容易に想像される。
実際最近の普通の市民が撮る写真画像の出来栄えは、30年前のそれと比べるとその平均値がぐんと上がっているような気がする。
わたしの撮影意欲が今ひとつ盛り上がらないのは、周囲の撮影水準の進化に相対的に取り残されていることが大きいのかもしれない、などということを少し思った。

現像の手間とコストが掛からない現代の写真技術は、純粋にきれいな写真を撮ることに集中できるという点で、本来あるべき姿にやっと到達したのかもしれない。
posted by ヤス at 15:37| Comment(0) | 徒然なるままに

2016年11月01日

東京オリンピック会場問題

東京オリンピックの会場整備などの費用見直しが、小池都知事の元進んでいる。
都の調査チームが会場見直しについての報告書を提出したというニュースがさっき流れていた。

しかし今回の見直し、というか費用の削減については、各競技団体からの反発が思いのほか強いようだ。
有明アリーナに新設が一旦決まっていた有明アリーナに関しても、この会場はバレーボールと車椅子バスケットの会場になるらしいが、日本トップリーグ連携機構会長の川淵会長は「絶対に必要」とかなり激しく主張している。
川淵会長の主張を動画でチラ見したけれど、有明アリーナはオリンピック後も多くの競技で活用可能で、スポーツ以外にもコンサートなどのイベント活用での収益も期待できるそうだ。

他の競技施設についても概ねこの調子で強い主張が叫ばれているようである。

競技団体の立場に立てば、それなりのキャパシティのハコが欲しい気持ちはまあ分からないでもない。
良いハコがあればオリンピック以降も国際大会の誘致に有利になるであろうし、結果、競技人口が増加して団体の収益上もプラス面が大きいと期待しているのだろう。

しかし競技団体にとって立派な施設が必要だという話がある一方で、そこに投入可能な公的予算については、当初の見積りによる上限金額が設定されていたはずである。
各競技団体からの要望を積み上げていったら予算をオーバーしたので、予算そのものの天井を外します、という意思決定には大きな疑問を抱かざるを得ない。

おそらくJOCや競技団体は、国債を乱発して財政が逼迫している国と違って、大きな自主財源を持っていて会計検査院も入らない東京都の「財布」に大きな期待を寄せたのだろう。

各者の要望を聞いた上で限られた予算の配分に知恵を絞るのが本来の政治の役割と思われる。
東京オリンピックの当初予算は3000億円強であったそうである。
それが2兆円超とも3兆円超とも言われるほどにタガが外れたように膨張したのは、この国の政治の不在を示す証拠のように見える。

報道によると北京でもロンドンでも、オリンピック予算の実態は2兆円以上の規模に膨張していたそうで、近年のオリンピックは開催誘致時にはコンパクト五輪を標榜しているが、誘致決定後にはたちまち予算が膨張するお決まりのパターンを辿っているらしい。

他の国もそうだから日本も許される、ということにはもちろんならない。

川淵氏が言うようにオリンピック後に会場が十分な収益を生むと目論んでいるのなら、会場整備予算の半分とか、いっそ全額を民間出資を募って造ったらどうなのだろう。
そうすれば東京都や国が造るよりも予算節約の動機が強く働いて、いいものができそうな気がするが。
posted by ヤス at 14:21| Comment(0) | 徒然なるままに