2016年10月22日

働く服装について

10月になるが暑いのでなかなか衣替え出来ない。
だからノーネクタイのワイシャツスタイルで仕事に臨んでいる。
少し前までなら、暑かろうが寒かろうがある時期が来たら問答無用で衣替えしてネクタイと上着を装着しなければ、という感じだった。

だがクールビズが普及してだいぶ慣れて来たからだろうか、だんだんノーネクタイの方が楽チンで普通のような気分が強くなっている。
そもそもホワイトカラーはスーツにネクタイ、というルールはいつの間に決まったのだろう。
よく考えたらこのお約束にはほとんど本質的な意味はないようにも思われる。
だから内緒の話であるが、わたしの場合、普段はたいていジャージにTシャツである。
客先に行く時だけ、お客さんをあまり驚かせないためにわざわざアイロンがけしたワイシャツを着て、気分によってはネクタイを締めて行く。

しかし最近は、Tシャツ姿がトレードマークのホリエモンとかいつも同じ黒のタートルネックを着ていたスティーブ・ジョブズとか、ラフな格好のビジネスマンの有名な例が増えているようだ。
特にIT系企業なんかは服装はかなり自由な感じになっている。
この調子で行くとあと数年後には、普通の銀行員とかもTシャツで出勤するようになるのではないか。
わたし自身も20数年前広告業界にいた時は、いつもヨレヨレのTシャツとかトレーナーで働いていた、という実績がある。
Tシャツはネクタイ姿より圧倒的に楽チンで、出張に行く時とかもシワを気にせずに済むので好都合だ。
機能性に絞って考えると、スーツにネクタイは、実はかなり分が悪い。

だいたい、人類が服を着るようになった最大のキッカケは、アフリカからユーラシア大陸に進出した時の、寒冷地適応のためである。
もともと人類はサバンナで裸がデフォルトだったのが、温帯や寒冷地で服を着るのがいつの間にかスタンダードになった。

服の機能は、最初は寒冷地適応のためだけに着ていたのからだんだん変化して、偉い人はキラキラの立派な服を着るとか、お医者さんは白衣、坊さんは衣に袈裟とか、権力や職業、所属を表す記号性を帯びるようになった。

これは孔雀が立派な羽根を広げたり、ライオンのオスがタテガミを生やしたりしているのと似ている。

動物における見た目の立派さは、たぶんそれを見せられた側が本能的に受け止めるので、性的誘引や外敵への威嚇に思いの外役に立つことだろう。

人間の見た目も本能に訴える点ではそれなりの威力があるような気がするが、まあライオンでも人類でも見た目の効果にはある種のハッタリが多分に含まれていことは間違いない。

最近ビジネスマンの服装が多少自由化しているのは、人類が少し賢くなって、ようやっとハッタリの虚飾に気づき始めた、ということなのかもしれない、と思ったりした。
posted by ヤス at 13:13| Comment(0) | 徒然なるままに