2016年10月18日

人類の定住生活について

人類の定住問題について考えている。
昨日は敬語というものが、定住化した人類をさらに固定化した江戸時代に出来上がったのではないかと想像した。

人類は定住、つまり決まった場所に長期に渡ってすみかを作って住む生き物である。
ベドウィンや中央アジアの遊牧民など、いくらか移動生活をしている人たちも居るには居る。
しかし人類の大半は決まった場所に住んでいる。

考古学的にはやはり農耕の始まった1万年前くらいから、定住の証拠が見つかっているらしい。
「定住」の住居跡と移動生活の痕跡の違いはどうかというと、ゴミや排泄物の処理に顕著に表れるという。
定住生活ではゴミや排泄物は専用の処理スペースが設けられて生活空間を清潔に保つ努力の跡が見られる。
一方古い移動生活の痕跡では、焚き火跡の周辺にゴミが散乱して汚れていたりする。
定住生活の以前には、どうせすぐに移動するので、食べかすなどはその辺にポイポイ捨てていたものらしい。

決まった場所に長く住むには、衛生管理は重要である。
日本でも、8世紀に藤原京から平城京への遷都が行われているが、理由のひとつとして排水設備のキャパシティーオーバーによる衛生状態の悪化が古文書の記録に残っているという。

この点、日本人は一般にきれい好きだと言われているけれど、これは世界中の国々と比べた時に、人々の生活拠点の固定化が相当に進んだ結果だったのではないかと、と思ったりする。
実際、20数年前に中国に旅行した時にびっくりしたのだが、汽車に乗った時、人々がスナック菓子代わりに食べているヒマワリの種の殻を食べる端から床にぺっぺと捨てていた。
2〜3時間もすると床中ヒマワリの種殻で埋め尽くされ、それを定期的に掃除のおばさんが大きなほうきで掃除していく。

中国は共産党政権化、人民の移動の自由を制限して来たはずであるが、わたしが見た人々の血脈には遊牧民の血が色濃く流れていたのだろうか。

余談はともかく。


1万年ほど前に、多くの人類が定住というライフスタイルを選択した結果、定住以前の人類とは別の種類の生き物のように、生活様式がいろいろ変わったものと想像する。
定住生活では、お隣さんは当分の間お隣さんでいる。
移動生活では、頻繁にお隣さんが入れ替わることだろうが、定住生活では四六時中顔を合わす。
中には相性の悪いお隣さんもいるだろう。
その場合でも、定住のライフスタイルではなかなか気軽にお隣さんをチェンジするというわけにはいかない。
ましてや移動制限の厳しい江戸時代においてはなおさらである。

そういう、気軽に移動出来ない中で気の合わないお隣さんと上手く付き合うためには、愛想笑いでごまかしたりしてお互い空気を読んでいないと気まずい。
日本社会の過度に空気を読む感じは、その辺に由来しているのではないか。

逆に言うと、引っ越し、転校、転職など「別の場所」への移動が最近は気軽に出来るわけであるから、必要以上に空気を読む努力は必要ないんじゃないかという気がする。

あるいはブラック企業の被害者の方々なんかは、会社を自由に移動出来ることの可能性が見えなくなってしまっているところに問題があるのではなかろうか。

我々人類は、そもそも類人猿の時代から何百万年もさすらいの移動生活を続けてきて、定住生活の経験はたかだか1万年かそこらなので、まだまだ定住生活初心者ということなのかもしれない、と思った。
posted by ヤス at 14:22| Comment(0) | 徒然なるままに