2016年10月11日

流れを作ること

プロ野球を観ていると、解説者が「これはタイガースの流れですね」「巨人に流れが移りましたね」とか言う。
あの「流れ」というのが実は今までよく分からなかった。
でも最近なんとなく分かるような気がする。

野球における「流れ」は、理屈っぽく言うと、ヒットが出る確率、点が入る確率、そして味方のピッチャーが抑える確率など、こちらの打つ手の成功確率が高い状態のことではないか。

野球は失敗のスポーツであると言う。
一流のバッターでも7割は打ち損じ。
ピッチャーも突然ストライクが入らなくなったりする。
これが、ピッチャーが必ず狙ったところに狙った球種が行って、バッターはホームランを狙ったら必ずホームランが打てるようなゲームだと面白くない。

なかなか思い通りに操れないボールを出来るだけ思うところに投げて、打つ方も投げ損じを含めていろいろな想念を巡らせて狙い球を絞る。
で、時々想像通りのプレーが完成する。
その確率の高いプレーヤーが一流なのであろう。

ゲームにおける「流れ」は、その成功確率をいくらか底上げするものではないか。
それは「勢い」と言ってしまうとややアバウトに過ぎるとも思うのだが、しかしイメージとしては「勢い」 の感じがかなり近い。


まあ野球だけでなく、世の中だいたいのことが思い通りにコントロール出来ないようになっている。
人生も例外ではなかろう。
というか人生というのはおそろしく思う通りにいかない。

以前に書いた「受動意識仮説」によると、人の行動は無意識が支配していて、意識は後から行動をトレースして無意識に対してフィードバックするだけ。
夏休みの宿題が終わらないのもダイエットが失敗するのもそのせいだという。
とすれば人生が思い通りにいかないのも当然だ。

我々が自覚している脳みその中の自分自身である意識、これは自我と言ってよいが、この自我はもうひとつの自分である無意識が行動をドライブするのを横で見ているだけである。

我々が思うような人生を歩むために自我が出来ることは、プロ野球の勝利チームのごとくいい「流れ」を作ることではないか。
そういう想念がふと浮かんだ。

これは例えば企業経営でもそのままあてはまる。
というか企業経営こそ「流れ」を作る作業そのものであろう。
普通の企業は従業員を使い、不安定で気まぐれな顧客を相手に売上を作り、費用を削って利益を捻出する。

企業というのは不確定要素だらけの外部環境に働きかけて、従業員を使って、社長の立場からはかなり間接的に会社をドライブしている。
しかも社長自身も、無意識が支配する不安定な生身の人間である。
不安定なこと、この上ない。


このような中で社長が出来ることは、いい流れを作る、計画して実施する施策が以前よりは良く成功するような環境を整えること。
そういう風に見ることが出来る。

今更ながらそんなことを思った。
posted by ヤス at 11:14| Comment(0) | 徒然なるままに