2016年10月09日

ストレスからの解放

毎日ではないが、たびたびジョギングをする。
ジョギングをする時は、今はランニング用のGPSウォッチをはめている。
GPSウォッチが無い時代はiPhoneのランニングアプリのナイキプラスとかを起動して走っていた。
さらにその前の時代には、ストップウォッチ付きの時計で区間ごとのタイムを測りながら走っていた。

で、ごく稀にではあるが、そういう計測機器類を身に付けずに走りに行くことがある。
そんな時なんというか、ややほんのりとではあるが開放感のようなものを感じて気持ちがよい。

走る時に計測機器を身に付けることにはそれなりの意味がある。
1kmごとのペースが分かったり、その時の心拍数が分かることによって、今の自分の状態がかなり明確に理解出来る。
ジョギングをサボっていると身体の走行性能が低下し、それが数字にはっきり表れる。
そしてトレーニングをぼちぼち重ねていると、だんだんおのれの性能が向上していくのが分かる。

やはり日々数字が良くなっていると、明日も走ろうかなという気分になる。
だから、トレーニングには計測機器があった方が便利で楽しい。

しかし、だ。

時に気まぐれで機器を外した時の開放感は一体何なのだろう。

似たような気持ちになる場面がもうひとつある。
これは内緒だが、街歩きをする時はたいてい、わたしのiPhoneではポケモンGOが密かに起動している。
平日の昼間の仕事の途中でも起動している。

仕事以外の時間はなおさらである。
当然、モンスターが出現すれば捕獲せねばならず、ポケストップではツール類をゲットせねばならない。
モンスターの捕獲やツールゲットを諦めるにしても、孵化装置や相棒ポケモンの走行距離が気になる。
こうなると歩いている間中ポケモンGOに行動を支配されている感じだ。

本来ゲームを楽しむはずのところが、ゲームに後頭部をせっつかれている感じになって軽いストレスである。

だから思い切ってポケモンを起動せずに歩いてみると、非常に清々しい。
モンスター捕獲や孵化装置の走行距離を気にせず、脳みそを別の思考に使える。


これと似た開放感が、計測機器無しのジョギング時にもある。
走行速度や心拍数の数字にとらわれることなく、しんどかったらスピードをゆるめ、気分が良ければ少しペースアップして、実にゆったりとした気分で走ることが出来る。

計測機器の示す数値はある種のストレスであって、そのストレスがあるせいで、走らなきゃ、という気分が生まれる。
だけれどもストレスはストレスなので、それなりの重さがある。

考えると、人という生き物はいろいろなストレスを原動力にして毎日生きている。
ノーストレスっていうのは無気力状態に限りなく近いような気もする。

でも時々、いつものストレスから解放されると思いがけず気持ちよい。

ストレスがあるからこそ、「ストレスからの解放」という気持ちよさが生まれる。

ということで、出来ればストレス無しでのんびり生きたいと思うが、まあそう考えるとある程度のストレスも必要なのかなと、思った。
posted by ヤス at 15:41| Comment(0) | 徒然なるままに