2016年08月05日

後づけの理屈

サラリーマンをやっていると、営業マンが目標未達であったりする場合に上司から怒られることは日常の風景だろう。
そこで上司からは目標未達の理由について詰問される。
未達君は「ちょっと先月はいまいちやる気が起こらなかったんで」というのが本音であるが、もちろんそれを言うと炎上した状況に対しさらに油を注ぐことになるのは明らかなので何か適当な理由を考えて返答する。
例えば、「最近は東京の会社が地方に進出して来ていて、それと我が社がバッティングすることが多い」などと言う。

そこには、10分の1くらいの事実を混ぜ込んでおくことがポイントになる。
上司は返答の事実部分にやや引け目を感じながらも、しかし部下の返答がその事実部分によっていかにももっともらしくなっているのにかえって逆上し、「つべこべ理屈を言うな、まじめにやれ」と激しくハッパをかける。

しかし営業の世界では、精緻な理屈よりおおまかな行動力の方が成果に結びつくことが圧倒的に多いものである。
だからこの場合のやや理不尽に怒鳴る上司は、あながち間違いとも言えない気がするのである。


しかし思うのは、人間が何か失敗してその失敗理由について述べている時、それは当然ながら後づけの理屈に過ぎないわけであるが、さらに言うと、運良く成功した場合の成功理由だって後づけの理屈に過ぎないと思われる、ということ。
何か計画を立ててそれを遂行している時、状況は刻々変化し、しかも計画の前提となる情報や考え方にはガセネタや間違いが大量に含まれている。
だから計画なんてたいていほとんど当てにならない。

だから計画の結果についての説明は、それが失敗であれ成功であれ後づけの理屈にならざるを得ない。

人類の経験則として、熟慮を重ねてあまり行動しないのと、何も考えないがとりあえず行動するのとでは、後者の方が目的地に早くたどり着く場合が多い、ということがあると思う。
ただし人類の歴史においては、熟慮のやり方を薄皮を重ねるように少しずつ改良して、熟慮の方が無思慮な行動に時々勝る、ということがだんだん増えていっている途上にあるのではないだろうか。

そのうち人工知能が完成していろんな未来が先読み出来るようになるのかもしれないが、たぶん当分の間は人生の基本はトライアンドエラーであって、何か失敗するごとに後づけの理屈をくどくどと述べて上司に怒られる、という風景も当分繰り返されるのだろう、というようなことをどうでもいいけれど思った。
posted by ヤス at 08:57| Comment(0) | 徒然なるままに