2016年07月10日

爆殺の法的根拠

7月5日、アメリカ・ルイジアナ州で丸腰の黒人男性が警官に射殺された。
続く7月7日にはテキサス州ダラスでこの事件に憤った黒人のデモが起きていたが、そこにアフガン帰りの退役軍人で元スナイパーの25歳の青年がデモ警戒中の警官5人射殺の事件が発生。
銃社会、人種差別、そして今でも定期的に発生する戦場帰りの若者というアメリカ社会の暗黒面がいっきに吹き出した数日間だったように思う。

アメリカは1991年の湾岸戦争の後、911テロの報復としての2001年のアフガン戦争、大量破壊兵器疑惑による2003年のイラク戦争と21世紀に入って大規模戦闘を継続している。
1975年に終結したベトナム戦争の後アメリカは長い景気低迷期を迎え、大量の戦争帰還兵、薬物汚染などの社会問題も抱えて少し戦争から遠ざかっていたのが、1990年代にIT系新産業の勃興とともに経済も回復してまたぞろ国際紛争に積極関与するようになった。

しかし2003年に始まったイラク戦争は、その後長い長いテロ掃討戦の泥沼にはまり込み、アメリカ軍撤退による終結宣言が出たのが8年後の2011年12月。
この間に財政危機もあってアメリカ議会は軍事費の大幅削減を決めて、少なくとも今のアメリカは国際紛争への積極関与から再び内向きの孤立主義に向かいつつあるようだ。


ところでダラスで起きた元スナイパーは、遠隔操作のロボットに装着した爆弾で爆殺されたそうで、この件について議論が起こっている。
近代法治国家の基本では、人殺しは犯罪だ。
いくら警察官でも、目の前の殺人犯を勝手に殺してはいけないことになっている。
ただひとつ例外があって、警官がその犯人に殺されそうになった時、「正当防衛」として身を守るための反撃が許される。
ダラスの犯人爆殺もおそらく爆殺に至る法的根拠は「正当防衛」によるものと考えられる。

しかし遠隔操作のロボットで爆弾を運んで犯人を殺害することが正当防衛に該当するのかどうか、その解釈にはかなり無理があるように見える。
かといって大混乱状態の現場でプロのスナイパーを放置して、それ以上犠牲者を出すわけにもいかない。
この件についてはいったいどういう結論が出るのだろうか。

そう言えば2011年にアメリカ軍特殊部隊がウサマ・ビン・ラディンを暗殺したけれど、この時の法的根拠は戦争中の敵司令官を攻撃した、ということだったらしい。
しかしアメリカの本音はただただビン・ラディンを消し去りたい一心で、法的根拠は後から取ってつけたものであるのはおそらく間違いない。

ということで法治主義の完成は日本のみならずアメリカでも、そしておそらくはヨーロッパ各国でもまだ道半ばなのだろうなあ、と思った。
posted by ヤス at 14:36| Comment(0) | 徒然なるままに