2016年07月08日

マイルドなんとか

マイルドヤンキーという言葉を最近ちらほら聞く。
なんだか気になって、でもマイルドヤンキーの意味とかよく分からなかったので調べた。
すると、マイルドヤンキーはEXILEが好きで四角いデッカいミニバンに乗って地元志向で家族大好きでイオンモールとディズニーランドによく出かける人々を言うらしい。
この特徴から推測するに20〜30代の若い人たちのことなのだろう。
また、ネット上にはマイルドヤンキーに対するディスりがけっこう沢山あって、上昇志向がなく低学歴低収入、選挙に行かない、直情的でモノを考えない、タバコを吸いよく酒を飲むなどなどの生態に関する情報が書いてあった。

だが少し考えてみるとこのような小さい子供のいる若夫婦の生態は江戸元禄の町民文化の頃からそんなようなもので、あるいはアメリカやイギリスの同世代も似たようなものではないかとふと思った。
要するにマイルドヤンキーとは、古今東西を問わずわりかし普遍的な一般庶民の多数派に対してあえてあるカテゴリーをはめて、それでなんとなく納得してしまうための口実なのではないか。

ネット上にはかなり多くのマイルドヤンキーに対する批判、悪口、懸念などが溢れていて、こんなのが増殖すると日本が滅亡する、というような観測記事も多いようだ。

だが、このようなカテゴライズに当たっては、我々は慎重にならないといけない。
たぶん、このように大衆の一部の層に何かのカテゴリーを当てはめてその層の生態理解を単純化するのは、脳みその機能のひとつである「ものぐさ」によるところが大きいと考えられる。
個別の人物をいちいち細かく考察するより、十把一絡げにざっくりとしたカテゴリーで括った方が、脳みそを動かすエネルギーが節約できて良いのである。

人類の脳みそはそういうものぐさ方向に流されやすく出来ている。

そしてこのような脳みそのものぐさ傾向により人間理解を大括りにカテゴライズすることで、容易にいわれのない差別意識に人間の思考は流れる。

だから本来このような「カテゴライズ文化論」には、くれぐれも注意して当たらないといけない、と思う。

ところでマイルドヤンキーでなんとなく思い出したが「マイルドインフレ」という言葉もある。
マイルドインフレはマイルドヤンキーとは全然違う世界の言葉だけれど、「マイルド」と頭に付いていることでその意味が少々深遠さを増したような錯覚がある。

実際マイルドインフレは「良い」インフレ、「理想的な」インフレというくらいの意味なのだろうが、こちらは意味が深遠過ぎて理解が難しい。

ヤンキーとかインフレとか既存の言葉の頭にそれっぽい修飾語を付けると言葉の雰囲気が少し深遠になって煙に巻かれて説得度を増すのに違いない。

この手の言葉には注意が必要だ、と思った。
posted by ヤス at 08:46| Comment(0) | 徒然なるままに