2016年07月07日

政治の近さの感覚

イギリスのEU離脱の国民投票から2週間ほど経った。
離脱の動きを主導した政治リーダーたちが何人か敵前逃亡したり再度の国民投票を望む署名が400万件も集まったり混乱が広がっている。
一方でロンドン株式市場は落ち着きを取り戻して国民投票前の水準よりかなり高くなっており、市場は必ずしも離脱決定を否定的には捉えていないらしい。
ニューヨーク市場も投票直後に激しく落ち込んだがその後急回復して、ロンドンほどではないがそこそこ堅調である。

しかしドイツや日本の株価は現在までのところ投票前の水準に戻っていない。
ひょっとしてイギリス国民投票の判断の方が正しくて、実はEUの方がシステムの限界を露呈しているのではないか、という意見がちらほら聞こえてくるが実際どうなのか、それはまだよく分からない。
今回のイギリス離脱のニュースをいろいろ追っかけていて時々聞こえてきたのが、EU本部がある「ブリュッセルの距離」が遠いという話。

話が少し飛ぶが、今から2千年以上昔の中国で秦の始皇帝が統一帝国を造った。
それまでの中国はいちおう周王朝が統治していたが、実際には各地に独立した王国があった。
各地の王国が周王朝に忠誠を誓ういわゆる封建制になっていたわけで、この構造は江戸時代の幕藩体制とほぼ同じだと思う。
メールも電話もない大昔には、ある程度のせまい地域でないと治安維持や徴税などの統治がむずかしい、という事情があったのだろう。
しかし秦の始皇帝はそれまで封建制だった統治機構を全面的な中央集権にしたわけで、そのために道路を整備し地方行政官の県令を置き、厳罰主義の法律を布いてガチガチの体制で政治を行った。
中国史上初めての集権体制は、そういうバリバリさが行き過ぎていたのか、まもなく崩壊して項羽と劉邦の戦いに進む。

要するに中央集権は法律や道路などの連絡網や大規模な官僚機構を整備したりしないといけなくて、コストがかかる。
その点封建制で地域ごとに小さい独立国があってゆるやかに連携している形は管理コストが安上がりだ。
当時の中国は北方に遊牧民族の匈奴がいてたびたび侵略されており、その軍事的対応のために大きな中央集権国家の成立が不可欠という事情があった。

でも一般庶民の立場では、厳しい法治主義の集権国家よりのどかな封建制の方が住み良かっただろうという気がする。

古代中国と現代ヨーロッパでは基本的人権とかの政治意識もインターネットなどのテクノロジー面も全然違うけれど、政治の近さの感覚は案外普遍的なのかもしれない。
したがって宇宙戦艦ヤマトとかに出てくる地球連邦政府、というのはけっこうむずかしいのかもしれない、と思った。

posted by ヤス at 11:10| Comment(0) | 徒然なるままに