2016年07月05日

芸歴尊重主義について

さて、世の中は参議院選の真っ最中であるが、先月総選挙のあったAKB48は早くも選挙の選抜メンバーによるシングルCDの発売予告が出ているらしい。
相次ぐメンバーの卒業のなか、曲がり角に差しかかっているようにも見えるAKBグループの新しいCDがどんな曲で世間的にどのように話題になるのか(あるいはさほど話題にならないのか)気になる。

3年前の「フォーチュンクッキー」は社会現象にまでなった感があったが昨年の「ハロウィン」はそれに比べると今ひとつ盛り上がらなかった気がする。
AKBが勢いを盛り返すためには、「フォーチュンクッキー」を超えるインパクトを生み出せるかどうかがポイントになるだろう。
それと、若手メンバーの中に指原を凌駕するような逸材が現れるかどうか。

AKBの多人数コンセプトは、下の方でひしめいている知名度もなくキャリアも浅い若手メンバーの中から、ある日突然彗星のごとく期待の星が現れる可能性を期待したシステムであると思う。
そのシステムはこの10年の間に、実際に数名の傑物を生み出したわけであるが、しかしたった10年の歴史ではこのシステムの「スター生産能力」が明確に証明された、ということは言えない気がする。

そういうことを考えていてひとつ感じるのは、AKBは実はかなり体育会的な芸歴尊重主義が強いこと。
同い年、同学年のメンバーでも後から加入したメンバーは「先輩」に敬語を使う。
この傾向は、初期の頃より最近ほど顕著になっているように感じる。
これはたぶん日本の芸能界が芸歴による敬語の正しい用法に厳しいことが影響していると思われる。

芸能界というのは、本来実力主義であり、実際に世間の人気を集める人が忙しくなり収入も上がる社会であろう。
一方でバラエティ番組のようすを見ているとたびたびどっちが先輩でどっちが後輩、とかの話題が出て、また逆に先輩にタメ口を使うことがひとつの芸になったりする。
さらにたまに流れてくるゴシップ記事には、礼儀がなっていないことが原因で芸能界を干された若手タレントのニュースが流れたりする。

テレビに出るようなタレントには、場の空気を読んで状況に応じた発言やボケ・ツッコミを行う能力が重要であろう。
「出来るタレント」であれば礼儀問題くらい軽くクリアして当然であって、したがって芸能界の礼儀作法への厳しさは、ある意味空気を読めるタレントをスクリーニングするフィルターであるのかもしれない。

しかしそれがあまりに行き過ぎると、突出した才能、例えば日本を飛び出してハリウッドやら世界中で活躍するような傑出したタレントを潰す、ということもあるのではないという一抹の不安を感じる。

ということで、せめてAKBグループの内々では、芸歴尊重主義を払拭してもいいんじゃないかなあと思ったりしたのである。
posted by ヤス at 14:51| Comment(0) | 徒然なるままに