2016年06月30日

無断立候補表明と政治の多様性

小池百合子氏が東京都知事選に立候補を表明した。
しかしどうも自民党に対して事前の了解も相談もなしに決意したことのようで、波紋を呼んでいる。
ニュースでは「崖から飛び降りる覚悟で」というフレーズが話題になっていた。
本来なら「清水の舞台から飛び降りる」ところだと思うのだがあえて崖から飛ぶのには何か深い意味があるようである。

最初これは、最近首相周辺から冷遇されていることに対しての反発、あるいは党の都知事選推薦候補が桜井パパに傾き過ぎていることへの怒りなのかと考えた。
つまり党の公認無しに立候補を決意し、政治生命的な自爆を覚悟した、それが崖から飛び降りる表現につながったのではないかと思った。

最近の自民党は、議員個人の活動の自由が失われて不活性状態に陥っているように見える。
その意味では先頃の野田聖子氏の党総裁選立候補未遂事件と並んで、個人の自由意思の発現として好ましいようにも感じた。

しかしそんなに軽々しく政治的な自爆を選択できるものだろうか、という感じもする。
あるいは党の頭越しに「どこかの政治運動組織」の支持を取り付け、これを後ろ盾に党に事後承諾的公認を迫っているようにも見えなくはない。

たぶんそっちの方が正解の気がする。
自民党のしかるべき人物は150%支援はしないと言っているようだが、ひょっとしたら知らない間に事実上の公認になっている、可能性もあるのではないか。
いずれにしても最近ではかなり面白そうな政治事件ではある。
今後の動向を楽しみにしたいと思う。


しかしどうも最近の政治の世界は、日本に限らず混迷の度を深めているようである。

イギリスのEU離脱国民投票で思うのは、政治意見の二者択一的選択の危うさである。
どちらかの意見を採ると反対側にいる国民の半分が反発する。
その逆もまた然り。
そういう点ではイギリスやアメリカの二大政党制も制度疲労が来ているのではないか。
二大政党制は自由主義陣営と社会主義陣営、資本家と労働者の対立など二項対立で世界が色分けできた時代の遺物になっているように見える。

日本は政権交代可能な政治体制確立を目指して1996年の総選挙から小選挙区を採用したらしいが、今さら思うがいっそ全部比例代表にしてミニ政党をたくさん作った方が今風なのではないかと想像したりする。
現在の野党第一党を見ていても、その求心力の源泉はただ野党第一党の位置を維持することだけになっているようであり、そのために返って原発政策などで自民党との明確な対立軸が打ち出せない。

それならワンイシューごとにミニ政党が出来て適宜連立政権を組んだ方が今の時代に合っている気がするのであるが、それでは政権基盤が不安定になるということでそうはならないのだろう。

でもひょっとしたらイギリスは今回を機にそっちの方向に動くのではないかという根拠のない想像が広がる。
なんにせよ、混乱は深まるがその分ドラマは面白くなっているようである。
posted by ヤス at 11:44| Comment(0) | 徒然なるままに