2016年06月13日

食べ物の好き嫌い

たいていの場合、子どもは食べ物の好き嫌いが多い。
それが大人になるにつれて、食わず嫌いな食べ物を順番に克服し、馴染めなかった味覚がだんだんじっくり味わえるようになるのだと思う。
わたしも思い出すだけでピーマン、しいたけ、魚の刺し身、ウニやいくら、レバーやホルモンなどなど、幼少期に食べられなかったものがたくさんあった。
刺し身が食べられなかったので、寿司屋でかっぱ巻きばかり食べていた記憶が残っている。
(それはそれで安上がりで良かったろう)


だが、だいたい中学生になるくらいまでの間にほとんどの嫌いな食べ物を克服したと思う。
わずかに納豆だけは今でもあまり食べたいと思わないが、たぶん外でおよばれして出てきたら平らげる自信はある。
あと、ナマコとかはたぶん今までに食べた記憶が無い。
これが目の前に出てきたらはたして完食できるだろうか。


ところで食べ物の好き嫌いはなぜ生じるのだろう。
食べ物を食べるという行為は動物にとってはほとんど「生きている」ことと同義である。
人間の身体は、部位によって差はあるがおよそ一年もすればすっかり細胞が入れ替わるらしい。
骨でさえ半年くらいで新しいのに置き換わるという。

だから人間は毎日せっせと食べ物を食べないといけない。
骨を作り変えるためにはカルシウムが要るし、筋肉その他にはタンパク質が要る。
あと、そういった身体の作り替え作業はもちろん、運動するのにカロリーが要るので炭水化物や脂質など熱量の大きい食事が要る。
人間の食べ物の嗜好は、このような基本的な身体の作り替え、運動のためのエネルギー補給の方を向いていると考えられる。
だからタンパク質が豊富な食べ物は旨味を感じ、熱量の高い糖質や脂質が甘く美味しく感じる。

そういう生命維持のこと以外には、宗教的な禁忌や食べ物にまつわる悪い思い出(食あたりをしたとか)、その他の悪い記憶が特定の食べ物と結びついて嫌いなモノが生じるという、後天的、文化的な原因がある。

カエルやサルを見て美味そうと思うか思わないかは、その人の所属する文化圏によって大きく変わる。
欧米人がタコを食べられないのは日本人には不思議な感覚だが、たぶんそれは大半の現代人がイナゴを食べられないのと相似形の感覚なのだと思う。

ところで、数千年前、数万年前の古代人の遺跡からは人骨などと同時に「糞石」といってウ○コの化石が出土するらしい。
その糞石を分析すると、古代人は虫や蛇やネズミなどに至るまで、およそ栄養素になりそうなものは何でも食べていた。
よくナマコやウニを最初に食べた人間は偉いというけれど、これは順番が逆で、元々ありとあらゆるモノを食べていた人間が、食生活に余裕が出来てきて、だんだん美味しいものに集中していった結果、現代人の食生活があると考えた方がよい。

そう考えると大人になるにつれて食べ物の幅が広がるのは、進化過程を逆戻りしているようにも思える。
また嫌いな食べ物が多い人は、より進化した文明人なのだ、ということが出来るのかもしれないと思った。
posted by ヤス at 13:54| Comment(0) | 徒然なるままに