2016年06月05日

労働とは何か

さて、来月10日には参議院議員選挙が行われることが決まり、これを受けて自民党から公約が発表されている。
秋口の大型補正予算とかいろいろあるようであるが、公約の中に最低賃金の引き上げや同一労働同一賃金など労働関係の施策についても言及されているようだ。
これは言うまでもなく自民党が現代の労働事情に改善の余地が大きいことを認識しているからであろう。

わたしは最低賃金引き上げも同一労働同一賃金も出来ることなら実現した方がよいが、たぶん現状では実現困難と考える。
最低賃金を引き上げ、労働内容ごとに賃金水準を統一することは、正規労働者と非正規労働者の収入格差の縮小及び拡大する貧困層の所得水準底上げが目的であろう。
しかし問題の根本は、国内企業に給料の支払額を増やす「原資が無い」ということであり、よって給与総額を増やす方向に作用するこれらふたつの施策は目的を達成出来ない公算が強い。

徐々に拡大する貧困層対策や格差拡大への対策は、まず給料原資の確保を実現する施策を第一弾として打ち、それが出来たのちに賃金アップや賃金ギャップの是正など直接的な施策を打つべきであろうことは明らかだ。
給料原資を確保しないままに直接策を打っても、ギャップの解消はいくらか進むか分からないが、それは給与総額の減少か、支払い対象者の減少を伴ってようやく実現する、という可能性が極めて高いと想像する。



ところで、このような問題について考えるたびに、労働ってそもそも何なのだろうということを考えてしまう。
どうも今日的な意味での労働は、百数十年前の産業革命期に登場したもののように思う。
この時期には近代資本主義が誕生し、近代資本主義は農村から都市部に集めた労働力を最大限活用して資本の拡大に邁進した。
当時の労働時間は休日無しの1日15時間労働くらいのところが標準であり、これは要するに人間がギリギリ死なない程度でマックス働ける労働時間、ということを意味すると考えられる。
またこれらの労働者がマックス働いて生産する製品もマックスに効率化が進んでおり、当時のイギリスでは労働者階級の食べるパンの多くに製材所から出る「おが屑」が混入されてカサ増しされていたという。

ただ近代資本主義はそれなりに賢いので、巨大資本にとっての搾取対象である労働者階層をすり潰してしまうと、資本主義の発展に支障を来すことにやがて気がつく。
その結果、各種の労働者保護の仕組みが出現し、労働者であると同時に消費者である一般大衆がつくるマーケットが出来上がり、今日に至っている。

そのような経緯を考えると、標準的な労働者は週に40時間働くとか、年間休日は105日くらいが適当であるとか、そういう常識がそもそも巨大な虚構であるように感じられる。

しかし貨幣経済による囚われの身としては、現実問題としてそんなことばかりも言っていられないので、今日も少し働くフリをして日銭を稼ぐことにする。
posted by ヤス at 11:23| Comment(0) | 徒然なるままに