2016年05月28日

左右対称について

風呂から上がって髪の毛をドライヤーで乾かす時とかには、たいてい鏡に向かっている。
そんな時にふと、己の顔をまじまじと観察すると、左右がかなり非対称であることに気付く。

また最近はスマホにインカメラが付いていたり、ノートパソコンにもディスプレイ上部にカメラが付いている。
これらのカメラに自分の顔が写っているのを見るのはあまり気分がいいことではないのだが、それでも出先で鼻毛が出ていないかチェックする時とか鏡代わりになることもあるから、たまにスマホカメラで己の顔を見る羽目になる。
スマホのインカメラは下から見上げる格好でかつ撮影距離が近いので、顔の下半分がやや肥大化した歪んだ絵になってちょっとブサイクになるのはまあどうでもいい。

ここで気付くのは、鏡で見るのとは左右が逆像になっている己の顔である。
こちらの顔の方が他人の見ている「本当」の顔である。
そして、長らく鏡を通じて己の顔を確認してきたためか、カメラを通じて見る顔には違和感を感じる。

それもこれも人間の顔が、実はかなりの程度左右非対称であるためだろう。
左右の眼の形、角度、まぶたや涙袋の形状、あるいは鼻の角度や鼻の穴の形、さらには唇の左右の口角、そしてほうれい線や小ジワの本数・形状など、顔の右半分と左半分は、観察すればするほどかなり違っている。
だから顔の像をミラーリングすると、微妙に別人の顔になる。


考えてみると、身体の中で顔以外の部分でも、右手と左手では筋肉のつき方も握力とかもかなり違う。
また肝臓や胃袋や心臓などの内臓群もかなりアンシンメトリカルに配置されている。

動物の身体形状はおおむね左右対称に出来ているが、細かい部分を見ると左右対称ぶりが実はそれほど徹底されておらず、いい加減になっていると思う。

このような動物の身体の左右対称のいい加減さは、DNA的にはがんばって左右対称を目指していたのが残念ながらこの程度の精度にしかならなかったと見るか、あるいはそもそもそれほど左右対称を目指していなかった割にはかなりシンメトリカルに出来たと見るかで感想がかなり変わる。

なんとなく個人的想像では、動物の身体はそもそも左右対称を目指してはいなかった気がする。
生物の先輩である植物とかはそもそも左右非対称だし。

たぶん動物は泳いだり走ったりする時には左右対称の方が身体制御が有利とか、かなり限定的な理由でなんとなく左右対称ぽくなっているのに過ぎないのではないか。
だから生き物の本質は左右非対称で、多くの動物の左右対称は実は部分的現象に過ぎないと言えるのではないか、とどうでもいいけれど思った。
posted by ヤス at 10:07| Comment(0) | 徒然なるままに