2016年05月11日

決断はむずかしい

基本的に何かを決断するのはむずかしい。
それでも今日の昼メシをハンバーグランチにするかトンカツにするか、くらいのことならなんということはないが、その決断が会社の命運を左右するとか、結果が逆方向に出たら何千万円も損失が発生するとか、結果が重大である時の決断のプレッシャーは大きくなる。

むずかしい決断に際して多くとられる選択のひとつに、決断しない、ということもある。
いわゆる先送り。
現実社会の面白さは、決断せず先送りにした場合に案外うまくいくことが多いことである、という気もする。

重大な結果につながる決断がむずかしいことの理由の根っこにあるのは、その決断が正しいかどうか、いくら考えてもはっきりとは分からないことだろう。
未来のことは、その時になってみないと分からない。
だから100%分かっていたら、決断で悩む必要がない。


少し昔の本だが、クロネコヤマトの小倉昌男氏が書いた「経営論」というのがある。
その本に、普通の運送業だったヤマト運輸が既存の運送業を全部やめて小口の宅配に集中する決断の場面があって、当時の上得意だった三越百貨店に取引の取りやめをお願いに行く話なんかも出てくる。
この時は小倉氏以外の全部の役員が反対し絶対に失敗すると訴える、そういう逸話があった。
クロネコヤマトのこの時の決断は、いわゆる典型的なむずかしい決断に該当する。

この時の決断は、普通の感覚でいたら絶対にできない決断だと思うが、なぜ小倉氏にはできたのか。
本の細かい内容を忘れてしまったのがだが、その時は従来通りの運送業を続けていたらちょっと行き詰まりそうだぞという危機感があったと書いてあったような記憶がある。
しかし、事業内容は従来通りもコスト削減や効率化などの改善策だけやっていても、案外普通の運送屋として、その後もそれなりに利益を出して経営継続できていたかもしれない、という気もする。

経営上の重大な決断は、それをやれば必ず良くなるというものではなく、時には決断を見送って先送りにした方がいいことだってあるに違いないのだ。

でもそれは結局のところやってみて、5年10年経過してみないと分からない。
だから決断は難しい。

少しひねって考えると、本当は決断してわざわざ危機的状況を経なくても良い場合でも、あえて決断して切羽詰まった状況を作り出す、会社が長く続くにはそういうことが必要なのかもしれない。
何年かに一度わざわざ危機的状況を作り出すことで、会社組織にとってのトレーニングになる、意識や職務技量の向上が期待できる、ということがあるのかもしれない。

そんな理由でもないと、重大な結果を招く大きな決断はできないよなあ、と気の小さい小市民は思ったのでした。
posted by ヤス at 11:36| Comment(0) | 徒然なるままに