2016年05月09日

人工知能の脈絡

人工知能のニュースを見ていて思ったが、どうも人工知能は「脈絡」を飛ばす傾向があるらしい。

コンピューター将棋やコンピューター囲碁の指し手は、プロ棋士からは突拍子も無い指し手に見えることが往々にしてある、というようなことがしばしば言われる。
逆に言うと、人間の指し手には流れのようなもの、ある種の脈絡があるのだと言えるのだろう。

最近はディープラーニングとかによるビッグデータの解析技術が急速に進化している。
なんの脈絡もない膨大なデータの山を人工知能が解析して、人類の役に立つ種々のパターンを抽出するようなことが出来るようになった。

今後の想像としては、例えば会社経営に人工知能のアドバイスを取り入れるとか、お医者さんが治療方針を決めるのに人工知能が支援をするとか、知的作業のいろんな分野に入り込んでくるのではないかと思われる。
現実に金融取引とかには既に人工知能が活用されていて、リーマン・ショックの時にもプロの人間は財産を失ったが人工知能を使っていたブローカーは損失を防いだ、みたいな逸話も残っている。

そういうふうに今後は人工知能が人間にアドバイスをしてくれることが増えてくるだろう。
しかしその時に、たぶん人間はしばしば戸惑うのだろう。
それはおそらく、人工知能のアドバイスは多くの場合に人間の考える「脈絡」をすっ飛ばしたものであるだろうからだ。

例えばプロ野球の試合中継を見ていると、その道のプロであるところの解説者は、試合の流れとか選手の心理状態を読み取って次はこうなるでしょうと予測して、それがよく的中する。
しかし人工知能が指揮する野球は、流れや定石を無視したものに見えるだろう。
人間で言うところの天才型の試合運びというのになるのではないか。


「脈絡」というもののひとつの効用として、それが人間の脳みその中で腑に落ちる、分かる、理解できるという安心感、精神衛生上の効用が大きい気がする。
ストーリー思考とかよく言うけれど、ひとつながりになって流れているような物事は人間にはよく理解できる。
バラバラでランダムな物事の集合は、人間にはなかなか理解し難い。
理解できないと前に進めない。
しかし人工知能は脈絡があろうが無かろうが構わないで、バババッと猛烈にランダムなデータの山を解析して人工知能なりの「脈絡」を読み取る。
人工知能の脈絡は、おそらく並の人間には理解しがたいものなることが予測される。

だから人工知能のアドバイスを人間が受け入れるのは、かなり勇気を要することになるのではないか。

果たして人類は、理解不能な天才くんの意見をすんなり受け入れることができるのかなあ、などと思った。
posted by ヤス at 10:24| Comment(0) | 徒然なるままに