2016年04月24日

モノマネ芸

モノマネ芸というのは、江戸家猫八からコロッケ、長州小力にキンタローなどと、昔から現在に至るまで廃れずにずっとある。

だがよくよく考えてみると、モノマネがなんでエンタテイメントとして成立するのか不思議な気がする。

モノマネ芸にはおそらくいくつかのパターンがある。
大きくは、シリアスに笑い抜きで似せるパターンと、ちょっとした癖を大きくデフォルメして笑いにもって行くパターンの2つに分けられるように思う。
さらに、デフォルメパターンの方はただ単にモノマネするだけでなく、モノマネ状態でネタをすることによる二重構造の笑いを作ったりする。
二重構造の代表格はじゅんいちダビッドソンだと思うが、じゅんいちダビッドソンは冷静に見ると本田圭佑にそんなに似ているわけではない。
単純なモノマネだけだと芸として成立しない、だからコント仕立てにしている。
そしてコントの舞台設定は本田圭佑のイメージから遠いほどよい、という風になっているようだ。

じゅんいちダビッドソンの本田圭佑はそんなに似ていないが、まあぱっと見で本田圭佑のモノマネをしていることは分かる。
サングラスや白いスーツ、妙に前向きな関西弁のコメントなど、本田圭佑のアイコンがそこかしこに散りばめられているからだ。
それは、サングラスやスーツを調達してきて、いくつかセリフを覚えれば誰でも出来る、というレベルであって、モノマネ芸というほどのものではないようにも思える。

だがそれでもなお、本田圭佑のモノマネとして成立していて、細かい部分部分を見ていくとそれほど似ていないのに、全体で見るとなんとなく本田になっているのが面白い。


人間の脳ミソには「ミラーニューロン」というのがあるらしい。
ミラーニューロンは言葉や行動の学習に重要な役割を果たしたり、他人の気持ちを思いやる共感の働きを司ったりする脳の神経細胞とされている。
それは人間以外のいくつかの動物にもあるらしいが、とにかく、ミラーニューロンがあるおかげで人間は他人の仕草や口癖などをついつい真似してしまう習性があるようだ。

本物そっくりの歌マネをしたり、モノマネ芸人が何気な癖を取り出して分かりやすく誇張したりする才能は、主にはミラーニューロンの機能に起因するようである。

だがここであえて注目したいのは、芸人側の真似する能力より、真似していることを認識する観客側の能力である。
観客側は「本物」の癖や特徴などの個性を自然に識別していて、その中でも客の脳裏に特に強く定着している癖を芸人が確実にミートする、という構造があって初めてモノマネ芸は完成する。

芸人側のミラーニューロンだけでなく、客側のミラーニューロンも動員されることでモノマネ芸は成立しているのではないか、と考えるとなんだか味わい深いなあ、と少し思いました。



posted by ヤス at 15:36| Comment(0) | 徒然なるままに