2016年04月11日

エンブレム問題の不毛

五輪エンブレムの再選考作業が進んでいる。
今回は前回の反省からデザイン専門家以外の一般人も含めて、前回の公募数104件に対し1万4599件の候補が集まったらしい。
その1万4599件がこの度4件に絞り込まれてさてどれにするかというところまで来ている。

で、その最終4案に対し日本グラフィックデザイナー協会の会長がレベルが低いとバッサリ切り捨てたとか、最終案の中に前回の公募作品が紛れ込んでいて選考過程の不透明さがあらためて問題にされたりとか、なかなかすっきり解決という感じでもない。

今回の選考にあたっては、前回問題の原因となったデザインの類似性についてかなり入念に調査が行われたようである。
ネット情報によると、前回の類似商標調査費2300万円を8000万円以上に増額して対応しているらしい。
少し意地の悪い見方をすると、今回の最終候補作は、東京オリンピックの心意気を表現したものと言うよりは、類似デザイン回避の観点から選ばれたものなのではないか、と思ってしまう。

よくよく考えてみると、オリンピックのエンブレムは我々一般人にとってはかなりどうでもいいことのように思われる。
と、言ってしまうと身も蓋もないが、エンブレムのデザインが4案のどれに決まったとしても、あるいはそもそも初回選考の佐野氏の案のままだったとしても、それで日本の景気が浮いたり沈んだりするとか、五輪本番の集客が左右されるとかの実際的な問題は生じないだろう。

大会組織委員会は前回の盗作騒動によほど懲りたのだろう、今回の選考は公募の間口を広げて類似リスクに神経を使うという、過剰に安全運転的な方法に走っていると見えてしまうのは気のせいか。
ただ、安全運転によってデザイン的に無難な案に決まったとしても、それで何か実際的な問題が生じるわけではなく、だからそれはそれでもう構わないと思う。

エンブレムのデザイン業務もある種の公共事業であるので、公募や選考過程の透明性確保は必要であるとは思うのだが、ことが「デザイン」という雲をつかむような対象物であるだけに、明確にその選考理由を説明するのはまったく不可能であると考えられる。
結局最終的にはドサクサまぎれのえいやっ、で決めざるを得ない。
えいやっで決めた後で老若男女からなるべく批判が出ないことに配慮すると、あまり先鋭的なデザインにはなり得ない。

そう考えると、前回の佐野氏案は先鋭性と批判回避デザインのバランスをとった妥協案であったようにも思える。

おそらく、エンブレムデザインというそもそも極めてセンシティブな問題を民主的手続きで決めようとすることに無理がある。
デザイン的に尖ったセンスのいいエンブレムを決めようとするならば、まず最初にオリンピックのコンセプトや演出について全責任を持って企画する総合プロデューサーを任命することが必要だったのではと思う。
プロデューサーもおらず、オリンピックのコンセプトも判然としない中でただエンブレム単体のデザイン性を云々するのはかなり不毛な議論だ、と思った。
posted by ヤス at 14:09| Comment(0) | 徒然なるままに