2016年04月05日

改名願望

最近はその手のニュースが世間を賑わせていてこんがらがってくるけれど、少し前に桂文枝もまた不倫報道の餌食になって、記者会見まで開いた、ということがあった。
不倫報道の方はどうでもいいのだが、その時に思ったのは、桂文枝は前は桂三枝だったよなあ、ということ。

「新婚さんいらっしゃい」の司会の人はあくまで三枝、というイメージが強く残っていて、分枝という名前にはまだ馴染めずにいる。
落語や歌舞伎の世界には襲名の慣習があって、順調に「出世」していくごとに名前が変わる。
相撲取りにも二代目貴乃花とか、三代目若乃花とか先代の名前を引き継いだりすることは多い。

その襲名の慣習、これってどういう意味合いがあるのか、考えてみると不思議な気がする。

特に桂分枝の場合、前の「三枝」名で長年テレビで活躍し世間にイメージが定着していた。
正式に三枝が文枝になったのは2012年のことだったらしいが、その1年前に襲名の意向を発表していて、しかし最初は表では三枝の名前を使い続けようと考えていたようである。
その名前での活動期間があまりに長かったので、今更変更することにためらいがあったものと想像する。
が、最終的には思い直して全面的に文枝に改名することになったらしい。
この時に桂文枝がいろいろ悩んだり考えたりしたことの中に、襲名の意味合いを知る手掛かりがあるのだろうが、とりあえず今その情報は無い。

ところで、江戸時代より以前には元服というのがあって、生まれた時に付けられた幼名がある段階で諱(いみな)つまり実名に変わる。
元服以外でも、けっこうクルクル名前を変える人が多い印象がある。
わたしの好きな戦国の智将・黒田官兵衛も、幼名は万吉で、その後、祐隆、孝隆、孝高と名前が変わった。
一般的な呼び名の「官兵衛」は通称、いわゆるニックネームであったらしく、その後の黒田家において二代目官兵衛、三代目官兵衛と継承されたらしい。
名前がクルクル変わった理由はよく知らないが、当時支配を受けていた地域の親分の名前を一字貰ったことにして媚びを売るとか、そんなこともあったようだ。

そうではなくて自主的に名前を変えるパターンでは、やっぱり運を開きたいとか、人生を一旦リセットしてやり直したいとか、そんな気持ちがあったのだろう。
で、実際名前を変えてみると、自身の気持ちのありようが変わったり世間の見る目が変わったりして、それなりに人生が変わった人が多かったのではないか。

例えば自分自身が今の名前をガラリと変えたら、多少なりとも人格形成に影響があり、周囲の見方が少し変わる、あるいは別人として認識される、などの効果はあるような気がする。

折しもマイナンバー制度も導入されたことではあるし、姓名というものの、戸籍管理上のアイデンティファイ手段としての意義はやや薄れたと考えられる。

だから本名の改名を思い切って自由化し届け出制とかにしたら、人生の可能性がもっと広がるのではと思ったりした。
そうなったら、カタカナのアイルランド系の名前にしてイケてる感じになれるかもしれない。
が、たぶん自由化はされないのでこれからも平凡な日本人として生きていくことにする。
posted by ヤス at 12:13| Comment(0) | 徒然なるままに