2016年04月03日

組み体操の教育効果

ちょっと今さらな感じだけれど、組み体操問題について考えてみる。

結論から言うと、組み体操って何か教育的な意味があるのかね、と疑問に思う。
巷の意見をちら見してみると、みんなで力を合わせて難しい技を完成させる達成感とか、土台になった人が上の友だちに怪我をさせないために必死に我慢する経験、そのあたりの教育効果について語る向きが多いようだ。

しかし一方、毎年全国で、組み体操だけでも千人単位の怪我人が出ているという。
さらに過去40年遡ると合計9人の死亡者がいるっていう。
(9人の内訳は組み体操だけかどうかよく分からないが)

そして最近、大阪市教育委員会では中止を決めたらしい。


わたしもたぶん小学校の時に、組み体操のピラミッドをやった憶えがある。
わたしはチビだったのでたぶん上の方の担当だったのではないかと思う。

そういえば、裸足で旧友の白い体操服の背中に上がる時の、ちょっとぐにゃりとした足裏の感触、そういうのがあったなあと思い出してきた。
達成感があったかと言われればあったような気もするし、たいして感動もしなかったような気もする。

ただし、なんかピラミッドが崩れて怪我するんじゃないかという怖さ、実際に小さい崩壊が起きた時に背骨に上の奴の全体重が乗って痛かった、みたいなことがあったのを思い出して来た。


書きながら思ったのだけれど、あのピラミッドとかの組み体操、あれはそういうちょっと気を緩めると怪我しかねない怖さ、あるいは練習中の小さな失敗で感じる実際の痛み、その辺りの体験にこそ、先生たちは教育効果を求めているのではないか。

あれが、痛くもなくて怖くもない種目だと、教育上必要なしびれるような緊張感が味わえないということなのではないか。
組み体操の教育効果に期待する先生たちは、あまり表立って言わないけれど、組み体操は危ないからこそ教育効果があるんだと思っているのではないか、そういう深層心理があるように思えてしょうがない。

全国の年間の怪我人が千人くらいというのは、確率的に言うとざっくり千人に一人くらいの割合。
今、日本の年間の交通事故の死傷者数はざっくり100万人くらいだそうで、要するに一年間に交通事故に合うのは百人に一人くらいの割合。
組み体操で怪我するのは、交通事故よりも確率的には少ないらしい。
だから良いっていうものでもなかろう。
組み体操を止めれば千人に一人の事故の可能性も無くすことが出来るし、無くすべきだと思う。

だいたい上に乗っている友達のために怖さや痛みに耐えるっていうのは、まったくクリエイティブではない。
自己犠牲というのは、八方塞がりになって他に手段が無くてほんとうにもうどうしようも無い時に発動されるべきもので、あまり安売りするべきものでもなかろう。
それよりも、知恵を絞ってみんなが御利益を享受できるように創意工夫するマインドが標準形態であって欲しい。

そんなことを思いました。
posted by ヤス at 16:42| Comment(0) | 徒然なるままに