2016年03月24日

集中してやる気を出す

集中するって難しい。

野生動物の世界では、ライオンやハイエナが跋扈するサバンナの真ん中で、シマウマがあんまり集中して草を食べていると突然うしろからガブリ、ということもある。
だから動物が野生の状態ではなるべく集中し過ぎないようになっている。

人間が集中するっていうのは野生動物の摂理に反する行為であって、だから難しいのであろう。
その割に、ちょっと暇つぶしに本屋にフラフラ出かけていくと、棚の一角には「やる気」がどうしたとか、モチベーションがどうたらという本が並んでいたりする。

集中するためには、まずやる気が出ないといけない。
その行為にとりあえず手をつけることが、やる気を出し、集中するためには大事なんだそうである。
なんかの本に書いてあった。

しかし手をつけるためには、手をつけるための最低限のやる気が要る。
そのために、行為を幾つかに分割して小さな単位に対して着手すると良い、などとその手の本には書いてある。

だが行為を分割したりその小さい単位に着手するにも何がしかのやる気が要る。
堂々巡りである。

結局のところ、何かをやるにはそれをやりたいと思える「何か」が要る。
それをやると脳内で報酬物質が放出されていい気分になる、要するに、やって楽しいと思えることに対してのみやる気は出るのだ、という結論になる。

で、集中力。
結論から言うと、集中するっていうのはかなり具体的な行為であると思う。
スポーツ選手でも、右足の親指の第二関節あたりの微妙な動きが手に取るように感じられるとか、野球でバットを振っている時の瞬間の手足の動きが、スローモーションみたいにハッキリイメージできるとか。

「ゾーン」とかいう言葉もある。
意味は集中とちょっと違うかもしれないが。

集中するっていうのは、スポーツの場合で言えば、手や足や関節や筋肉の身体各パーツの細かい動きが分かる、そういうイメージではないかと思えてしょうがない。
で、こまかい身体の動きを感じながらそれを自在にコントロール出来る感覚。
微妙に動きを変えてみて最良のポイントを探り当てたり、疲れて動きが乱れたら即座に修正したり。
そういうことが出来る状態が、わたしのイメージする集中の状態。

そして、そういう状態にある時は、脳みその中で何か気持ちいい物質が出ている、ような気がする。
要するに、集中すると脳みそ的に気持ち良く楽しいのである、と思う。

だから集中して楽しい状態をイメージすると、逆にやる気が出てくるのではないか、というのが今思いついたわたしの新説である。

しかも幸いなことに、人間の場合シマウマよりはかなり「集中力」に適した生活環境の中にいる。

そんなことをあんまり集中せずにぼんやり考えてみました。
おしまい。
posted by ヤス at 10:34| Comment(0) | 徒然なるままに