2016年03月20日

宝くじの合理性

人間は不合理な生き物である。
であるからこそ数学や科学や論理学などの学問が発達したのではないかと思う。

この世を生きていくためには行動や思考が合理的であった方がいい、というのが現時点におけるのわたしの仮説である。
そして、人間は自然状態では不合理なので、論理的であるために相応の努力が要る。
人間の行動、思考を合理的に保つためのひとつの試みが数学とかの学問ではないかと考える。

で、おそらく多くの人が、小学校の算数くらいはマスターできるが、中学、高校と進むにつれてだんだん落伍していく。
今思うと、高校の数学などかなり難解複雑で、微分・積分の理解は足し算や引き算の理解より数段ハードルが高い。
その高校数学の世界は元来きっちり理屈どおりに構築されており、生徒が厳密に合理的に思考しさえすれば理解できるはずのものである。
だが実際はそれが難しい。

それはたぶん、多くの人間の脳みそが直感や霊感や妄想・夢想などの不合理な思考様式を得意とするからだろう。

突然だがここで宝くじについて考えてみる。
日本で販売されている宝くじの払い戻し率は50%以下にすることがルールとして決まっているそうだ。
そして実際の宝くじの払い戻し率は50%弱になっている。
したがって、宝くじの発売と同時にすべてのクジを買い占めた場合、必ず購入金額の半分当たる。
逆に言うと、必ず購入金額の半分は損をする。
昔読んだ何かの本に、宝くじは1ロット30億円くらいで発行されるというのを見た覚えがある。
もし宝くじを30億円分買った場合は、必ず半分当たるが半分は損をする。
半分も損をするのが最初から分かっていれば、そういう買い方をする人はいない。
それは極めて合理的な判断だ。

30億円と言わずとも、1億円分買ったとしても、確率の大数の法則が働いてほぼ100%に近い割合で50%の損失は確定だろう。
1千万円分、あるいは100万円分くらいの購入でも、多少の誤差が出るにせよ50%程度の損が出るに違いないのである。

一般に宝くじは、たくさん買えば買うほど当たる確率が近づいてくる、と思われているだろう。
だが一方で必ず50%損が出る確率の方についてはみな忘れている。
たくさん買えば買うほど、当たる確率も高まるが、損が確定する確率も高まる。
そして当たり(すなわちハズレによる損失)は、50%の確率的期待値に収束していく。

そういうことを夢も希望もなく考えていると、とても宝くじを買う気は起こるまい。
だがそれでも宝くじの売れ行きがぐんと下がったとかいう話を聞かない。
ひとまず多くの人々は、宝くじに関する限り合理思考を封印し、ひと時の夢を見ることを優先していると見える。

考えてみると、宝くじのような不合理に基づいた「商売」は他にも沢山あるだろう。
それどころか世の中の多くの商売は、人間の不合理のおかげで成り立っているのではないかとさえ思う。

その辺りのツボが分かる人になれれば、商売でヒト山当てることができるのかな。
あるいはやっぱり、あまり理屈っぽいのはだめなのかなあ、などと思った。
posted by ヤス at 16:06| Comment(0) | 徒然なるままに