2016年03月17日

作戦は単純な方がいい

第二次世界大戦の末期、欧州西部戦線。
1944年6月6日に行われた「史上最大の作戦」ノルマンディー上陸作戦の3ヶ月後。

アメリカ・イギリスを中心とする連合国軍は、クリスマスまでに戦争を終わらせることを目標に、今度は史上最大の空挺作戦を実施する。
「遠すぎた橋」という邦題の映画にもなった、「マーケット・ガーデン作戦」である。
この作戦は、進軍の障害になる河川が多いオランダを迅速に突破することと、同時にオランダの大規模港湾施設をドイツ軍から奪還して伸びきった兵站線を修復することを目的に企図され実施された。

英米の精鋭空挺部隊は3つに分けられ、敵中の3地域に降下してそれぞれ主要橋梁を確保する。
それに呼応して戦車機甲師団を中核にする地上部隊が進撃、1日目に一つ目の降下地域に到達して進撃路となる橋梁を完全確保、2日目に二つ目の降下地域、4日目までに三つ目に到達して作戦は見事成功、するはずだった。

しかし連合国軍内では、戦争終結を焦る上層部が偵察情報を黙殺するなど防衛側ドイツ軍勢力を過小評価、これに天候悪化や進撃路の渋滞、無線機の不具合による通信途絶などなどが重なり、予定の4日を過ぎても第3降下地域は敵中に孤立したまま。
結局9日目に、地上軍が第3地域に到達できないまま、多くの死傷者・捕虜を出しながら計画は中止される。

映画「遠すぎた橋」では、ショーン・コネリーやロバート・レッドフォードの熱演により苦戦続きの作戦経過が描写され、非常に面白い。

作戦は当初目標が未達に終わったわけだ。
失敗の原因は、空挺降下を3地域に分けてそれをひとつの地上部隊で順次確保していく、という作戦の複雑さにあったことは間違いない。
作戦が複雑すぎて失敗するのは旧日本帝国軍の専売特許かと思っていたが、英米軍でも同じ過ちをするものらしい。

命のやり取りをする戦場では、恐怖や焦りなど極度の精神ストレスが作用して作戦指揮の判断も曇りがちになる。
特に銃砲弾が飛び交う前線ではいかにまともな判断力を保てるかがとても重要だ。
そういう判断力の低下、情報掌握の困難を見越して、軍事作戦はできるだけ単純であることが求められる。

これは現代社会における企業活動にも通じる話だ。
作戦はなるべく単純であるほうがいい。
そして前線の兵士は、作戦全体の行方に気をとられることなく、目の前の敵との戦闘に没入した方がその軍は強くなる。
前線の兵士はあまりあれこれ考えたらダメなのだ。
目の前の戦いをシンプルに戦う。

そういう状況を作り出すのが作戦指揮の役割だ。

状況が複雑に錯綜する戦場だからこそ、単純さが力を発揮するのだよなあ、と突然ながら思った。
posted by ヤス at 11:43| Comment(0) | 徒然なるままに