2016年03月13日

原因と結果、目的と手段

日本食は健康に良い。
世界的にそのような評判が立って世界中に和食レストランが出来ている。

日本人は体質的に脂肪を貯め込む能力が欧米人あたりと比べると低いらしい。
要するに、欧米人は食べ過ぎた分はお腹とかお尻とか身体中に脂肪として貯まる。
一方の日本人は食べ過ぎると糖尿病になる。
高糖質食によって欧米人は肥満になり、日本人は糖尿病になる。
糖尿病は、糖質の摂り過ぎで血糖値のコントロールがおかしくなる病気であるらしいが、日本人は農耕の歴史が欧米より浅いので、高糖質食への体質の対応が出来ていないという。

日本人は伝統的に米ばっかり食っている印象があるが、日本人が農耕民族化したのはつい3〜4千年前。
ヨーロッパの農耕化は1万年以上の歴史があって、その時間差が高糖質食への遺伝的対応の差になっているという。

したがって、日本食が健康に良いから日本人が肥満が少ない、というよりは、日本人が糖尿病になりやすいので日本食が健康に良い内容に洗練されたと考える方が真実に近い、らしい。

このように、原因と結果はどっちが先か後か、見方によって変わる。


今、1億総活躍何とか、という政策パッケージが構想中である。
政策の中身についての批判はここではやらない。
それよりも基本的な考え方。

日本の人口は、2050年頃に1億人を切り、2100年頃に5000万人を切るレベルまで減少することが予想されている。
ここまで減少するとGDPは当然マイナス成長が基調になる。
GDPが縮小傾向では、とりあえず1千兆円の政府債務の着地点が破滅的にならざるを得ない。
破滅的シナリオを回避するには、人口減少をなんとか食い止めないと財務官僚もどうやっても絵を描けない。

だから1億人を死守する。
そういう「切実」な思いが「総活躍」構想には透けて見える。

この場合、「国民」は目的ではなく手段である。
国民の人数1億人を維持しないと日本国政府の未来図が描けない。
だから日本国民に頑張ってもらって1億人を維持する。
ついでに一人当たりの生産量を少し拡大してGDPの成長を維持するとソロバンが合う。

本来、国家や政府というのは国民の幸福を実現するために存在するのだとわたしは思う。
国民が目的で政府の方が手段。

でも今は、政府の目的を達成するために、国民が手段になっている。
まあ状況はアメリカでもヨーロッパでも中国でも同じようなものかもしれないが。

そこへいくと北欧のいくつかの国は、税金はものすごく高いけれど、政府は国民の福祉に責任を持ち、国民はそんな政府をそれなりに信頼している。
そういう現代国家としてのひとつの回答みたいなものを具現化している。
ただその北欧でも、移民に対する差別とか、いろいろとややこしい問題に事欠かないらしい。


話の筋立てが迷走している。

近未来の日本の人口はたぶん減って、1千兆円の政府債務は主要な債権者である国民との間で、いつの日か激烈なガラガラポンで解決しないといけなくなると予想する。
でもその後の日本は、今以上に暮らしやすい、良い環境になっているようなそんな気がする。

日本人が糖尿病に脆弱なために日本食は健康的な食事になった。
この先さらに日本食の健康度が向上すれば、原因と結果が入れ代わる。

そんなことをぼんやり考えていたが、うまくオチがつかないのでこの辺でおしまいにする。
posted by ヤス at 11:40| Comment(0) | 徒然なるままに