2016年03月03日

会社の正直2

最近のネット記事で、鬱病患者と健常者の自己評価・他人評価の差異を比べると、鬱病患者の方がその差が小さい、というのがあった。
要するにそのネット記事によると、鬱病患者の方がより正確に自己を評価出来ているのだという。

また別の記事には、鬱病発症と自己評価の低さに大きな因果関係がある、とあった。

これらのことが本当だとすると、人間が健全な社会生活を送るためにはある程度自分のことを過大評価する必要があることになる。
通常世の中では、自信過剰の人間はちょっといやな奴と敬遠されたりするけれど、多少の自信過剰状態はある程度必要であるらしい。

確かに、それなりに成果を上げている人間には、自己に対する自信がそれなりにあるように見える。
あるいは、小さな成果の積み重ねが自己に対する自信を形成しているのかもしれない。

もし「自信過剰」に良い過剰と悪い過剰があるとすると、良い自信過剰は自己の潜在能力に対する自信であって、未来の自分に対する期待、というようなものである気がする。
一方で悪い自信過剰は、事実のすり替えであり、出来なかった自分に対するあまり客観性のない弁護、言い訳、というようなものではないか。


ところで、世の中の会社にも自信過剰の会社、自己評価の高い会社、というものが存在すると思われる。
会社の場合は人間の個人に比べると、より経済的な存在、という性格が濃厚であり、倒産しないために利益を確保しないといけないから周囲に対してより過剰に高い会社の評価を宣伝しがちになるのは致し方ない。

会社の中の人間がどう感じているかはともかくとして、会社というのは自分の良い面ばかりをアピールし、悪い面はなるべく表に出ないようにするものだ。

大切なのは、会社の中の人間がどこまで客観的に第三者的な視点で自社を把握できているか、ということだろう。
組織の中にすっぽり入り込んでいるとそういう視点を持つことは難しくなるだろうし、一方で複数の人間によって組織されている会社だからこそ客観的な自己評価が可能であるとも思える。


話は変わるが、最近は個人店のような小さな商売でも、「食べログ」みたいなレビューサイトや2ちゃんねるなどの掲示板サイトに有象無象の悪口を書かれてそれが気になる、という話をたまに聞く。
そういうのが嫌で自社のウェブサイトに設けていたコメント欄を閉鎖する、ということもあるようだ。

本来、お客さんの声をダイレクトに集めて経営の参考にしたいところであるのに、それらをシャットアウトするのは便利な道具をひとつ放棄していることになる。

まことに悩ましい話ではあるが、今日の情報社会に生きていくためには有象無象の悪口を跳ね返す力が要ることは間違いない。
それは、今のところ確信を持って言えないのだけれど、ある種のバカ正直ではないかという気がするのでる。

20世紀的な会社の正直と、今日における会社の正直のあり方はかなり違うような気がするのである。

長くなったので、今日はここでおしまい。
posted by ヤス at 10:07| Comment(0) | 徒然なるままに