2016年03月02日

企業の正直について

世の中には今時めずらしいくらいに正直な会社が時々ある。

というか、本来会社は正直であるべき、であるはずである。

しかし資本主義経済は基本的に競争社会だ。
よほどの会社でない限り隣近所にライバル会社がいてしのぎを削っている。
のんびり商売をしていると、たちまちお客をとられて倒産してしまう。
だから少しでも多くの売上、多くの利益を獲得するためにいろいろ工夫しないといけない。

例えばラーメン屋なんていうのは沢山あって、ちょっとした街中には軒を並べてやっている。
そういう中で生き残るには営業や宣伝に工夫しないといけない。
ウェブサイトに載っけるラーメンの商品写真も、なるべく美味しそうに、いつもより入念に盛りつけをして撮影に臨むことになる。
ラーメンのような汁物料理は、どうしても具材が底に沈んで見えなくなる。
普通のカメラマンなら容器の底に「詰め物」を沈めて、麺や具材が良く見えるようにして撮るかもしれない。

あるいは、トンカツ屋ならキャベツの量を多目に盛ったり、弁当屋ならおかずに「みりん」を塗ってツヤ出ししたり、料理の写真が美味しそうになる工夫はいろいろあるだろう。

このような「工夫」はどこまで許されるのだろうかとたまに思うのである。

あまりに犯罪的な誇大広告は、不当表示防止法などの法律である程度規制されている。
だがそれなりに大きな騙しの要素がない限り、法律が適用されて罰せられることはない。
明らかに通常提供の商品とメニュー写真が違っていても、そのほとんどは「問題なし」と見なされる。

そうなると、集客チラシやテレビCMの商品写真は出来る範囲で最大限美味しそうにするべきだ、と考えるのが人情であろう。
この場合に会社側が留意すべきは、広告写真と実際の提供商品の落差による顧客満足度の低下であろう。

だがこれも、テレビCMなどのイメージは思い切り豪華にしてお客さんの脳みそにその印象を刻み込み、店内のメニューはやや大人し目にして満足度の低下を防ぐ、などの対策が考えられる。


いずれにしても、そこにはある種の嘘があることは否定できないだろう。
その嘘は、法規制に引っかかるほど過激なものでなく、お客さんの大半が顕在意識で明確にとらえられるほどにはっきりとしたものではないかもしれない。

また、広告戦略の意識が希薄な個人営業の店では、結果として作為のない正直な表示、もしくは実物よりずっと不味そうなメニュー写真で商売を行ったりしているケースも多いと思われる。

さらには、情報化社会の進展の中でお客さん側の情報スキルが大きく向上しており、会社の嘘がバレやすいという世の中になりつつもある。

そういう中で、企業の「正直」は今後どのようにあるべきなのか、ということについて思わず考えてしまう今日この頃である。
posted by ヤス at 10:45| Comment(0) | 徒然なるままに