2016年02月20日

相手と自分の都合

相手の立場に立って考える。

というのは、言うのは簡単だが実際にはかなり難しいことが多い。
まず当たり前だが、自分は相手ではない。
相手の状況や思い、そこに至る経緯などは、どちらかといえば分からないことの方が多い。

例えばお店の店員さんが初来店のお客さんの応対をするときには、お客さんの性別、歳格好や商品を見て回る仕草などからその状況を瞬時に推測し、適切な「一声」を掛けたり、とりあえず泳がせておいたり、ということになる。

だいたいにおいて相手の立場に立って考える作業は、ごく限られた既知の情報から相手の置かれた状況を推測し、その中で相手の希望要望を考えるという手順を踏むのだと思われる。


ちなみに、電器屋巡回を趣味とするわたしも売り場を歩いていると数限りなく店員さんから声を掛けられる。
だがなんというのか、わたしのフィーリングに心地よくシンクロするような声掛けはめったにない。
ほぼ9割以上の声掛けはややうざい、もしくはすごくうざい。

ものすごく一方的なのである。
例えばカメラ売り場で展示のカメラを見ている場合。
「カメラをお探しですか?」とくる。

もちろんわたしはカメラを探していない。
買う気もない。
買う金もない。

だから「見ているだけ」と応える。

だが一部の強者販売員はこれで引き下がらない。
カメラのスペックの説明を延々まくし立てたりする。
あるいは、店員が終始圧迫的なセールストークを展開することによって、買う気のなかったお客さんが最終的には買って帰った、という押し売り的な成功事例があったりもするのかもしれない。

だがそれにしてもだ。
世の中、横綱白鵬でさえ立ち会いに変化技を見せるご時世である。

全員ではないにせよ、ほとんどの声掛けは自分ペースでこちら側のようすを探るような質問がないのは問題だ。
こういう店の店員には、客に合わせるという考え方はないのだろうか。

おそらく店員の側にも事情はある。
たぶんノルマもあるのだろう。
ひょっとしたら声掛けの数もカウントしていたりするのかもしれない。

お客さんの事情も事情だが店としては売れないといけない。
だがその面が少し勝ち過ぎていないか。
店側の立場が前に出過ぎていないか。

本来はお客さんの状況を汲み取って、最適な対応を返すことが店にとっても合理的な行動のはずである。
だが、明らかに「売らんかな」の焦りが見え過ぎている。



若い女性店員の場合は、あるいは例外になることがあるかもしれない。
若い女性店員の場合、多少一本調子の声掛けであったとしても、寂しいおじさんの心を癒してくれるという効果においてお客さんのニーズに沿っている。
下手をすると、結果として新型カメラの箱をぶら下げて店を出る、ということになるかもしれない。

だがそれにしても、彼女のカメラの説明がもし痛いレベルだと、適当なところで話を切り上げていかざるを得ない。

まあお店の例だけにとどまらず、相手の立場を汲み取れていない状況は、自分自身も含めてたくさんあるんだろうなあ、と少し思った次第である。
posted by ヤス at 14:22| Comment(0) | 徒然なるままに