2016年02月04日

ビデオでフォームの確認

わたしが10代後半の頃、世の中に小型の家庭用ビデオカメラが普及し始めた。
当時、個人的にはそのような高級電化製品には無縁であったが、あれはわたしが所属していた高校の水泳部の顧問の先生が所有していたのだろうか、泳いでいるフォームを撮影してもらったことがある。

わたしは名門倉敷天城高等学校の水泳部で三流ながら競泳をやっていた。
天城高校のプールには、水中の側面部分に一部だけガラス窓になっているところがあって、プールサイドにある四角い穴倉に入るとガラス窓越しに水中のようすが見える。
その穴倉に撮影者が入って水中のフォームを撮影してもらう、ということがあった。

水泳というのは、自分がどういうフォームで泳いているのかがなかなか分からない、自分の動きに関するメタ認知の困難なスポーツのひとつであると思う。
野球やゴルフでも、打ったり投げたりしている時に、自分がどんな動きをしているのかなかなか自覚しにくい。
ダンスやバレエの教室なんかは壁面全面が大きな鏡になっていたりするけれど、本来はどんなスポーツでも、ダンスなんかと同様に自分の姿を確認しながらやると上達が早いんじゃないかと思う。

そこへいくと、ビデオカメラによる撮影という方式が一般化したことは、スポーツ界におけるちょっとした革命と言っていいのではないかと思う。

特に水泳の場合、基本水の中なので自分の動きを視認しにくい。
時々キックの打ち方を確認しようとアゴを思い切り引いて足先を視界に入れたり、手のかきを目線で追ったりするのだが、これだと頭の位置が本来のフォームとはだいぶ違うことになってよろしくない。
結局、クロールならば息継ぎの時に水中メガネの周辺に発生する水流の具合でスピードの目安をつけたりという調子で、ものすごく近視眼的な手がかりしかない。
だから、というわけでもないかもしれないが、水泳の場合自分の泳ぎを客観的に見たことのない人は自分は今ものすごく格好良く泳いでいるのではないか、という錯覚をイメージしながら泳いでいるのだと思われる。

そして初めて自分の泳ぎをビデオで見た時に、オレってこんなに格好悪くて前に進んでない泳ぎだったのかよ、と驚くことになる。

わたしの場合も、他人視点から客観的に見る自分の泳ぎを初めて見た時は驚くほどに格好悪く、下手な泳ぎだと感じた。
レース中の泳ぎを撮ってもらったこともあったが、わたし的には当時の世界的スイマー、パブロ・モラレスをイメージして格好良く泳いでいるつもりであったが、ビデオの映像ではキックは空振りしているし、最後の方で疲れて泳ぎが崩壊しているところなんかはみっともなくて見れたもんじゃあなかった。

ということで、自分視点で見る自分は思いの外正確には見えておらず、自分視点からの自分のイメージと他人視点の自分のイメージの間にはおそろしいほどのギャップがある。
時々他人視点で自分を見ることは、まあ必要だろうなと思った。
posted by ヤス at 10:35| Comment(0) | 徒然なるままに