2016年02月03日

節分と時間のスケール

今日は節分だ。

豆まきをする日であり、最近定着した恵方巻きをまるかぶりする日でもある。

ところで日本では1年12ヶ月の中では1月が一番寒いらしい。
つい先日の1月20日だったと思うが大寒の日があって、確かにその前後は厳しい寒さが続いた。
わたしはそういう暦の知識にはまったく自信が無いのであるが、どうも明日が立春で、その前の日に節分をやることになっているらしい。
季節の変わり目に襲ってくる邪鬼を追い払うのだそうだ。

実際、昔から気温が急に変化して体調を崩したりということが多かったのだろう。
四季の変化が大きい日本のような国においては、ちゃんと季節変化に備えるためにこういう備忘録的な日付のマーカーがけっこう役に立ってきたのかもしれない。

こういう記念日とか祝日、個人における誕生日とかは、その日を特別にマーカーしておくことで何事かを思い出してケガをしないようにするとか、気分をあらたにするとかの効用があるのだと思われる。
それを言えば、1週間における日曜日は神様も仕事を休んだ日なので人間も休むようにしたとかいうことがある。

本来、宇宙的な視点からは1年365日はどの日も平等であるはずなのだが、人間的視点において365日のサイクルには人生のリズムを微調整するためのメトロノームみたいな働きがある。

当たり前のことではあるが、人間の人生は365日のサイクルとか1週間のサイクルにかなりの程度律せられている。


スターウォーズとかのSFの世界では、登場人物は星々を飛び交っていて、たぶん惑星の自転・公転の周期なんかには無頓着に動き回っていると思われる。
これはなんとなくそう思うのであるが、スターウォーズには「時計」というものが出てこないような気がする。
いや、1度や2度は出てきているかもしれない。

いずれにしても星々を飛び回っていると、時間単位の土台をどこに置くかというのが大きな問題になりそうな気がする。
銀河系の自転周期とかだと、人間の時間感覚に対するスケールが違い過ぎて使えないと思うのだが。

人間はあくまでも地球スケールに合わせた存在であるなあと、節分の日に思った。
posted by ヤス at 12:01| Comment(0) | 徒然なるままに