2016年02月02日

人はそんなに変わりたいのか

昨日の昼過ぎ、14時半くらいだったと思うが、サイゼリヤに昼飯を食いに入った。
で、飯の後タブレットを広げて少しごそごそやっていた。

前方の席で、若い男性が2人、20歳そこそこくらいの女性を相手に某ネットワークビジネスの勧誘を熱心にやっている。
わたしはサイゼリヤで結局2時間以上ねばっていたのだが、その間中、熱心な勧誘は続いていた。

ここではネットワークビジネスの是非について書くつもりは無い。
それよりは隣の席から聞こえてくる勧誘のトークを聞いていて思ったのである。

「人生変えたいんでしょ」

というフレーズが何度か登場していた。
ああそうか、世の中には人生を変えたい人が多いんだよなあ、と今さらながら思った。

本屋に行くと、自己啓発本のコーナーには「自分を変える」「人生を変える」などがテーマの本がかなりの種類置いてある。
というか自己啓発本のそもそもの目的は「自分を変える」なのであろう。

その手の本がたくさん出版されているということは、自分を変えたい人たちがたくさんいるということだ。
そしてもちろん、わたし自身も変われるものなら変わりたい。
でも、高野山で千日修行をするとか、富士山麓で自分を変える地獄の研修を受けるとか、そういうつらい変わり方は出来れば避けたい。
なるべく辛くなくインスタントな方法によって、冷静沈着でウィットに富んでいてマメで真面目でそれでいて爽やかなレモンの香りのする人格に変わりたい。

が、数十年も生きていると、人格というものはおいそれと好きなように変更出来るものではないことに否応なく気づく。
しかし同時に、地殻変動くらいのゆっくりしたスピードで、少しずつだが確実に何かが変わっているのではという実感もある。



20代サラリーマンの頃、四国は高松にあるお客の仕事で失敗をして、300万円くらいをこちらで弁償するとかしないとかの問題が発生したことがある。
わたしは一人、震える思いでクレーム処理に向かった。
高松に向かう道中、このまま北海道あたりに逃避したいと思った。
強いストレスでめまいがするし、胃は痛いし、妙にキョロキョロして挙動不振になっていたと思う。
何とか心を落ち着かせなきゃあ、と思ってなにげに本屋に立ち寄り、デール・カーネギーの「道は開ける」をふらふらと買った。
普段のわたしなら絶対に買わない種類の本である。

その本には、重大な問題に陥ったら最悪の場合を想定しろと書いてあった。
その問題がこじれて最悪の状態になっても、あなたはたぶん死なない、だから大丈夫だ。
細かい内容はすっかり忘れたけれど、そんなことが書いてあったように思う。

そのフレーズを得てやや人心地を取り戻し、客先で詫びを入れると、相手も生身の人間であるから柱にぶら下げてムチ打ちされたりとかはなくて、普通に平謝りをしたら弁償無しのお許しを得た。

まあ死ぬほどの大問題と思っていてもその程度のもんなのである。

が、あの時の「道は開ける」のあのフレーズは、本の購入代金分の価値を補ってお釣りがあったと思う。
本のその他の内容はまったく憶えていないが。



ところで、2時間以上の間まくしたてる男性の勧誘をひたすら聞いていた若い女性は、結局最後に丁重に断りを入れてその勧誘は不調に終わったようであった。

2時間の間、勧誘役の一人の男性がだいたい98%くらいしゃべっていて女性の声はほとんど聞こえなかった。
よくあれだけ切れ目なくしゃべり続けることが出来るもんだなあと、少し感心したのだった。
posted by ヤス at 12:55| Comment(0) | 徒然なるままに