2016年01月16日

どうでもいいが不倫と解散について

さて、日本の芸能界では今、不倫と解散の話題が持ちきりになっている。

一般的な不倫はもちろん違法行為ではない。(と思うが本当だろうか)
だが損害賠償などの民事訴訟のもとにはなるだろう。
不倫の「被害」にあった嫁さんや旦那から訴えられてカネを取られるリスクがある。

また、人気グループの解散は、どちらかと言うと憲法の職業選択の自由などを背景に、ある程度個人の意思が認められるべき領域だと思う。
ところが人気グループであるがゆえに、グループ当事者と事務所、そして広告クライアント企業など各関係者間に巨万の金銭が動く契約が存在している。
だから個人の勝手でおちおち解散も出来ない。

わたしの個人的趣味で言うならば、芸能人が所属グループを解散しようが、微妙なお年ごろの女性タレントが妻子持ちのミュージシャンと不倫しようがそんなんどうでもいいじゃんと思う。
世の中のおじさんをはじめとする多くの人々は、同様にどうでもいいじゃんと思っているのではないか。


で、この問題についてしばし真剣に、2分くらい考えてみる。

この手のゲスな芸能ゴシップを連発している週刊B春などの週刊誌は、なぜ芸能人の惚れた腫れたやら離職転職事情のスクープに血道を上げるのであろうか。
もっとも単純な想像は、そのようなゲスな記事が売れるから、である。
多少の勇み足記事による訴訟リスクを割り引いても、ゲスな記事は売れて儲かる。
となれば、厳しい出版不況を乗り切るためにもその手の記事を書かねばならない、のは無理も無い。



今回の不倫と解散の当事者の芸能人は人気が高いと冒頭書いた。
彼らと彼女は人気・好感度において芸能界のトップランカーである。
そのトップランカーの地位を活用して数多くのCMに起用され、テレビ番組のメインを張ってきた、ということがある。

彼らに巨額の金銭を投入しているテレビ局やクライアントにひとこと忠告するならば、彼らも生身の人間であるのだから、いつどこで燃えるような恋に落ちて仕事そっちのけになるか分からないのだ、ということを想定すべきであったのではないか。
あるいは、長年に渡るいろんなギスギスが溜まりに溜まってある日突然人気グループが解散するとか事務所を辞めるとかのリスクを考慮すべきであったのではないか。

というかたぶん局やクライアント企業はそんなこたあ先刻承知で考慮しているんだろう。
生身のタレントなんて、いつ事故や病気で活動不能になるか分からず、怪しい霊媒師にとりこにされて引きこもりになった実例も数多い。
この人気タレントがダメになったら次の人気タレントに乗り換えるまでだ。

週刊B春などのゲスな記事は、そのような芸能界の地殻変動のトリガーとしての役割を果たし、ある意味タレント枠の新陳代謝活性化を促進しているのかもしれぬ。
少なくとも世間の人気を広告価値に変換して巨額の利益を稼いでいることのカウンターバランスとして、週刊誌にゲス記事を書かれることのリスクがあるということである。

世の中おいしい話ばかりではないっちゅうことなんだろう。

と少しゲス記事擁護の論調になったが、わたしとしてはその手のゲス記事はどうしても好きになれないということを最後に言っておく。
posted by ヤス at 11:13| Comment(0) | 徒然なるままに