2016年01月09日

派手な人と地味な人

人間のタイプ分けにはいろいろあるが、地味な人、派手な人という分け方があるよな、とふと思った。

よくニュースなんかで犯罪の容疑者のことを近所の人にインタビューして、そんなことをする人には見えなかった、という定番のパターンがある。
まあ人間分類するときどんな場合でも言えることだが、人間性のあらゆる面において派手であるとか、地味だとか言うことはなかなか出来ないわけで、どんな人にも派手な部分、地味な部分はある。
自分が持っている派手要素・地味要素のうち、多くの人に見せる側に派手要素があると、その人は派手な人だということになるのだろう。

ところで派手な人というので思い出すのは大阪のオバチャンである。
別に大阪のオバチャンという個人が存在するわけではなく、その点注意が必要だが、テレビの世界とかにおける共通了解として大阪のオバチャンは派手だということになっている。
そして派手のシンボルとして大阪のオバチャンはヒョウ柄が好き、というのがある。

ヒョウ柄から連想して野生動物の世界に立ち返って考えてみると、生き物が派手であるというのは、ひとつには威嚇の意味、もうひとつはセックスアピールということがあると思う。
肉食動物と草食動物が混在するサバンナにおいて、補食・被捕食のせめぎあいでは両者とも地味に環境に溶け込んだ方が都合が良い。
捕まえる側が派手で目立つと獲物に察知されて逃げられる。
獲物の方も当然、捕食者に見つからないに越したことはない。
しかしたとえばライオン同士の縄張り争いとか、オスがメスを奪い合って喧嘩するとかいうときは、派手で立派な方が喧嘩が強そうに見えて有利になるのではないか。

そうやって考えると、その生き物が派手である、というのは同種族内での勢力争いに関係しているような気がする。

人間社会におけるこの手のアピールとしては、単に喧嘩が強いとか女にもてるとか以外にもう少し複雑なものがあって、例えば私仕事が出来ますとか、センスが良いのよとか、カネ持ってるぞとかいろいろある。
社会的に優位な位置を占めるためには、自分の持てるモノを積極的にアピールした方がいいとなって、それが派手な人の印象につながるのかもしれない、と思う。

一方で、テレビで見ると派手で賑やかにしゃべる人が、プライベートではものすごく地味というのもたまに聞く話であり、人間性の派手とか地味とかは一面的に語れないものがある。

ところでヒョウ柄の大阪のオバチャンは、あの派手な格好でいったい何をアピールしているのだろうか。
ワタシは大阪のオバチャンよ、っていうのを全面的にアピールすることで、買物の値段交渉とか空席のない満員電車とかで有利になることがあるのだろうか。
そのへんはよく分からない。
posted by ヤス at 15:32| 徒然なるままに