2016年01月07日

グラフの右端の先が気になる

わたしが一人暮らしを始めたおよそ30年前、最初は洗濯をコインランドリーでやっていたけれど、そのうち洗濯機なる便利なものを手に入れた。
先輩から貰った二槽式のやつ。
これでもう大きな袋を下げて洗濯に出かけなくてもいい。
便利になった。
そう思った。

だが二槽式の洗濯機は今から思うとかなり手間だ。
洗いからすすぎの段階に移行する際に、洗濯槽と脱水槽間の洗濯物の移動を手動で行わないといけない。
だがこの手間は、数年のうちに全自動洗濯機の導入によって解消されることになる。
おぼろげな記憶によると、わたしが幼少の頃にはそもそも洗濯機に脱水槽は無かった。
洗濯機の箱の横っちょに、手回しのローラーが付いていて、グリグリ回しながらローラーに洗濯物を通して水を切っていた。

洗濯機ひとつとっても、この数十年の技術的進歩は早い、と言わざるをえない。
想像するに、江戸時代の元禄の頃に生まれた人であれば、洗濯といえば井戸端で洗濯板にゴシゴシやる方式が、生まれた時から死ぬ時まで変わらなかっただろう。
(江戸時代の洗濯が洗濯板方式だったかどうかは確証が無いが)

洗濯にかぎらず、トイレの水洗化とウォシュレット化、自動車の普及とハイブリッド化や電気化、駅の切符やお金の電子化、コンピューターや携帯電話の出現・普及などなど、今の時代に生きていると、生まれてから死ぬまでの世の中の変化がかなり激しい。


ところで、このような劇的な技術進化の原動力は言うまでもなく人類の「脳力」であろう。
それも誰か個人の脳みそ単独の成果ではなくて、数億数十億の脳みそが、互いに情報交換し、ノウハウを伝承した結果がこれである。

で、このような人類の「脳力」の原点は、哺乳類を中心とする動物群が大脳を発達させてきて、記憶と学習という後天的なバージョンアップの仕組みではないかと思う。
もともとDNAに組み込まれている先天的なパターン以外に、後天的に行動パターンを変性させる仕組みを導入することによって、より環境変化への適応能力が上がったのだと想像する。

DNA由来の行動パターンからだんだん自由度が増して、その行き着いた先が人類の技術の爆発的ヒートアップなのだろう。

気になるのは今後である。
人類の技術進化をグラフに描くなら、最近よく見る、右端に行くほど右上がりの傾きが大きくなって、最後の方はもうほとんど天に向かってまっすぐに線が伸びているようなかたちになるのだろう。

あの、まっすぐ上に伸びたグラフの先がどうなるのか、すごく気になる。
と思った。
posted by ヤス at 10:14| 徒然なるままに