2016年01月06日

変身は是か非か

さて、昨日書きそびれた変身について書かねばならない。

しかし記憶の力はあてにならない。
昨日、人間の変身願望について何かを考えていたと思うのだけれど、それがどんなことであったかもう忘れている。
たぶんたいしたアイデアではなかったのだろう。

しょうがないのであらためて考えてみる。

スーパーマンやスパイダーマンなどのいわゆるアメリカンコミックにも変身するヒーローが登場する。
だがよく考えてみるとスーパーマンもスパイダーマンも、変身の正体は活躍するとき用のスーツに着替えるだけで身体の中身的な変身はしない。
アメコミにおけるヒーローは、変身前も変身後も持てる攻撃力や運動機能、パワーなどは変わらない。
言ってみれば、変身する前のアメコミヒーローはすごい能力を持っているが、あたかも自分が普通の人間であるかのように澄ましているだけ。

その点、ウルトラマンや仮面ライダーの変身とは本質的に違う。


ところで、街の本屋に行くといわゆる自己啓発本がたくさんあって、そこにおける大きなテーマのひとつは「変わること」である。
だがよく考えてみると、人間は日々変わっているとも言える。
まず、子供は成長して大人になる。
あるいはおじさんは加齢によっておじいさんになる。
また、少し勉強して少し賢くなることもあるし、やばいクスリにハマって人生落ちていく人もまれにいる。
変わり方は人それぞれだが、放っておいても人間は変わる。

難しいのは制御された変身、変わりたいと思う方向への変身であろう。
変わることがテーマの自己啓発本がたくさん出版されているということは、変わりたいと思っている人がたくさんいることの証左だ。

気軽に変身気分を味わうだけであれば、髪型を変えたりファッションを変えたり女性であれば化粧を変えるということがある。
だが自己啓発本の読者が考える変身はもっと深い、人格に関わる本質的な変身だろう。

人々が変身を願望するのは、説明的に考えると、要するに出来ないことを出来るようになりたいということなのだろうか。
そう考えると、もっと方法論的な、身に付けたい能力を身に付ける手順について学ぶべきなんだろう。

でも多くの人の変身願望はたぶんそういう部分的な機能向上ではなく、全人格における変身なのではないか、そういう気がする。
なんとなくだが。

そしてそういう意味では、アメコミヒーローの変身は、現実をクールに描写していて誠実な気がする。
一方のウルトラマンは、よく言えば夢がある、わるく捉えれば現実逃避的と言えなくもない。

結局のところ、人々は変身を目指すべきなのだろうか。
今のところよく分からん、というのが今日の結論。
posted by ヤス at 10:44| 徒然なるままに