2015年12月31日

今あるものでどうにかしよう

昔読んだ講談社のブルーバックスに、ニュートンは、この世の物質を構成するすべての分子の位置と運動量が分かれば未来がすべて予測できるようになると考えていた、と書いてあった。

野球のボールやサッカーのボールなんかだと形が真球形からゆがんでいたりするので、跳ね返るときの動きがニュートン力学の計算と多少ずれる。

でも例えば空気中の酸素分子や窒素分子はまったく計算通りの動きをする。
だから全宇宙の分子の動きがすべて把握出来れば未来が分かる。
というのは夢のある話である。
無論、現代のスーパーコンピューターをもってしても、百年後の未来のスーパーコンピューターでも全宇宙の分子運動の計算は不可能だろうけれど。

でもニュートンの期待はコンピューターの計算能力と関係ないところで消滅した。

量子力学によってさらに小さい素粒子の世界、クオークなどの素粒子は確率的に動くことが分かったからだ。
素粒子が右に行くか左に行くかは確率的にしか分からない。
つまり、どっちに行くかは原理的に分からない。

このように宇宙の物質は土台のところでゆらゆら揺らいでいて、だから未来は原理的に計算出来ない。
この宇宙の原理として、未来は予測不可能なのだ。
同時に、宇宙の森羅万象を100%理解することは不可能なのである、とわたしは勝手に理解した。



深夜の23時頃、仕事の用事でレポートとか企画書とかを明朝までに書かないといけないとき、Kindleショップとかでそれに関連する本を2、3冊買い込んで読み始めたりすることがある。

しかしこれは明らかに間違った行動だ。
あるいは、仕事に取り掛かるのを先延ばししたいだけのようにも見える。

その仕事は、今脳みその中に入っている情報だけを基に取り掛かるべきだ。
本を数冊斜め読みして仕事に役立つ情報が得られるかどうか、はなはだ怪しい。
そして今脳みそにある情報だけでも、ねつ造なりでっち上げなりしてその仕事をそれなりの格好に仕上げることはたぶん出来る。

目の前の仕事はほとんどの場合、今脳みそにあるネタだけを頼りに始めるべきだ。
今脳みそにある情報こそが、とりあえずわたしにとっての宇宙のすべてなのであるから、と思ったりした。

posted by ヤス at 08:15| 徒然なるままに