2015年12月26日

真面目についての違和感

今日は「真面目」という概念についてやや真面目に考えてみたい。

というのも、「あの人は真面目な人だ」とかの人物評をしばしば聞くことがあるのだけれど、そのときに「はて、その人はそんなに真面目だったっけな」と感じるようなことがわりかし多いからである。

ある人物について、真面目か不真面目か評価するのはかなり難しいと感じる。

それは真面目の定義、不真面目の定義が人により、場合によってかなりバラバラであることに起因するように思われる。

いつもスーツにネクタイを締めて、髪型を七三にわけた清潔な男性は、真面目な人だろうか。

ひょっとするとその男は、言葉巧みに年寄りを騙す詐欺師かもしれない。
あるいは、日頃の抑圧が知らず知らず溜まっていて、アルコールを飲むと暴れる酒乱の癖があるかもしれない。
その人の見た目や日常行動の表面的部分は真面目を判断する重要な手がかりではあるが、やはり100%ではない。

昔のプロ野球選手、特にパ・リーグでは、試合が終わったら盛り場に直行という豪傑が大勢いたらしい。
それで翌日は酒臭い息を吐きながらバッターボックスに入り、マウンドに立っていた。
阪急ブレーブスの今井雄太郎投手は、登板のたびに酒を飲み、ついには完全試合も達成した。
酒を引っ掛けて公式戦に登板するプロ野球選手は、はたして真面目といえるのか。

今井雄太郎は例としてやや適切でなかったかもしれない。
プロ野球選手が六本木に繰り出し、相撲取りが銀座でタニマチと飲み明かし、サラリーマンの企業戦士が安居酒屋でくだをまくのは、日頃の仕事でそこそこ真面目に張り詰めていて、精神のバランスを保つためにハメをはずす、という側面もあるかもしれない。

おそらく真面目と不真面目の要素は、各人の中にまぜこぜに存在するのだろう。
あるいは、人付き合いはいい加減でも、趣味のゴルフには真剣に取り組むというように、同一人物でも目の前の対象物によって真面目と不真面目が入れ替わるようなパターンがある。

おそらく真面目の概念は、ある人物とその人が向き合う対象とのセットにおいて成立するものである。


ところで「真面目」の語源をネットで検索すると、目をしばたかせて「まじまじと見る」というようなところから出現した言葉であるらしい。
それは緊張して真っ直ぐ見る、というのと同時に、おびえる、白ける、などのニュアンスも含まれているそうだ。

語源を調べたらまた少し真面目の概念理解が向こうの方に飛んでいった気がする。
そういうことをあまり真面目に考え過ぎない方がいいのかもしれない。

真面目について真面目に考えてみたが、これがほんとうの真面目であるのかどうか、よくわからない。

posted by ヤス at 11:03| 徒然なるままに