2015年12月05日

マラソンの気持ち

1週間前に、久しぶりにフルマラソンを走った。
走った、というほど疾走したわけでもなかったのだが、まあとりあえず走った。

今回も25kmあたりでがっくり来て、そこからどんどんラップが落ちて、35kmくらいからは歩いた方が速いんじゃないか、というペースになった。

でもまあ、なんとかがんばって歩かないように、給水も止まらずに走りながら取って、一応格好つけて紙コップの口をグシャッと潰して走りながら飲んだ。

今回の大会は参加者200人くらいで、コースは河川敷で一般道を通らない。
だから応援もほとんどいない。
参加者が少ないのでレース後半はランナーの間隔が開いて一人旅状態。


残り10kmくらいからは、脚は痛いし、全身のグリコーゲンが枯渇した虚脱状態に陥った。
それでもなんとか最後まで歩かずに、最終的にはキロ8分くらいのペースまで落ちながらもなんとかゴールした。

今回は久しぶりに肉体の限界を超えた感じがした。
そしてマラソンというのは本当に健康に良くない、と思った。
まったく、健康のためには途中で歩いた方がたぶん良かった。


あらためて思ったのは、42kmはなかなかの距離だなということ。
これは、一人の練習では気軽に走れる距離じゃない。

それと最後の8kmくらいの悶えるような苦しさは、練習では再現出来ない。

そう、マラソンでいちばん苦しいのはラスト10km地点だと思う。
30km以上走ってすでに身体がガタガタになっていて、その状態であと10km走らないといけない。

これであと1時間以上走るのかよ。

このときの精神と肉体の状態が、いちばん辛い。
ラスト8kmから7km、6kmと進んでいくのだが、マラソンの前半と後半では1kmを進む感覚が10倍ほど違う。
でも、これがラスト3kmくらいにさしかかると俄然楽になるから不思議なのだ。

いや、身体は相変わらず辛い。
でも、気持ちの方で元気が少しだけだが出てくる。
脳の中でおそらく、ノルアドレナリンかエンドルフィンか分からないが、何か苦痛をやわらげる分泌物が出ているのだろう。

今回は走った後も、脳内で苦痛緩和分泌物が出ている感じが残っていて、1週間経った今でも、ほわんと、何だか気持ちいいような気がする。
気のせいかもしれないが。

気持ちが良くなったついでに、年明け2月のきびじマラソンにもエントリーしておいた。
きびじマラソンでは、最後まで格好よく疾走出来るように今からちゃんと練習しよう。

ということでマラソンはかなり苦しい。
金払って自ら苦しい目に会いに行くという矛盾。
しかも確実に健康に良くない。

しかし時々、ほわんと気持ち良くなる。
だから続けられるのに違いない、と思った。
posted by ヤス at 15:08| 徒然なるままに