2015年11月07日

非定常状態の人類について

昔、わけあって水理学というのを勉強していた。
河川や土管などの水路を水がどのように流れるか計算するやつ。

で、その勉強の大事なことはほとんどきれいに忘れたけれど、ひとつだけ頭に残っていることがある。
「定常状態」「非定常状態」ということば。


今、上流に水源のある川があって、上流からはずっと同じ水量の水、たとえば毎秒100リットルが供給されている。
長いことその状態にある川は、どの瞬間も、上流でも下流でも毎秒100リットルの水が流れている。
水は流れているが、ずっと同じ状態で流れているので、流れ全体としてまるで止まっているように見える。
これが定常状態。

これがある瞬間、毎秒200リットルになった場合。
倍になった水の流れが徐々に下流に伝わっていく。
今まで止まっているみたいに同じ状態で流れていた川の「流れの状態」が徐々に変化する。
これが非定常状態。

しかし、ずっと毎秒200リットルが続くと、いつかその流量における定常状態に落ち着く。


今から1万年くらいの人類は、事実上の定常状態だったと言える、気がする。
生物進化的な変化はあったろうけれど、それはおそろしく微妙な変化で百年や二百年では分からない。
その頃の人類は、野生動物の延長線上でつつましくなんとかやっていた。
事実上の定常状態。

それが、農耕が始まり、いろんな道具や機械を作り、科学が進歩し、大きなエネルギー源を手に入れ、などとなって止むことのない人類の非定常状態がいつしか始まった。
それは水源の100リットルが200リットルなっておしまい、の変化ではなく、200の次は800になり、次に2千、その次は1万、みたいに、水源の時間変化もものすごく非線形的。

それでもある時代、ある瞬間は水源変化が一時的に止まって、つかの間の定常状態があったりして一息つくこともあったかもしれない。
でも今の人類は基本的に非定常状態、それも激しく複雑な非定常状態にある。
高度成長期の頃は、ある程度線形的に規則的な非定常状態にあって将来予測もある程度可能だった。

でも今は非線形的で不規則な非定常状態だから一寸先は真っ暗闇。
こういう時代は変わり身の速さこそ生き残りの秘訣になるのだと思う。

そして何より、今の時代は量的にも激しくて質的に複雑な非定常状態にあるのだということを認識しないといけないと思う。

少し気を抜いていると、そういう基本的なことを忘れてしまいがちなのではないか。
などと思った。
posted by ヤス at 11:21| 徒然なるままに