2015年11月06日

写真文化のうつろい

最近のカメラは5年くらい前と比べて、各メーカーのラインナップがだいぶん変わったと感じる。
普及タイプのコンデジから高級タイプにシフトしている。


世の中的にはカメラというのはそうたびたび買うものではない。
4、50年も昔はフィルムカメラは高級品であり、庶民は大枚をはたいて買った1台を何十年も使う、というのがけっこう普通だったのではないかと思う。

しかも今と違ってカメラユーザーは圧倒的におじさんが多かった。
昔、仕事で田舎の町のお祭りとか山開きの時の神楽なんかの記録写真を撮ったことがあるけれど、そういうイベントにはかならず、カメラマニアのおじさんが、高級一眼レフに立派なレンズを付けたのをぶら下げて写真を撮りに来ていた。

かつての日本における写真趣味はその多くをおじさんが担っていた。
そして写真趣味は、写真撮影そのものと同じかそれ以上に「写真機」への愛に偏っていた。
そしておじさんたちの写真機偏愛の少し先には、ライカやツァイス、ハッセルブラッドなどの欧州高級カメラがあった。(今もあるが)


しかし今や、カメラはほぼ家電製品になった。
国内有名ブランドのロゴの付いたカメラが7千円とか8千円とかで売られていたりする。
あるいは現在のスマホに付属しているカメラ機能は、ひと昔前のカメラの性能を凌駕している。

またカメラの一般化に伴い、そのユーザー層もすっかり変化した。
これは想像による推定値であるが、世の中で日々切られているシャッター回数は、大部分は女性によるものに違いない。
それも女子高生とケータイのカメラの組み合わせによるシャッター回数が、おじさんたちの高級カメラによるシャッター回数を圧倒しているに違いないのである。
あくまで想像だけれど、世の中の携帯電話の普及台数やSNSの状況を見る限り、この想像はたぶんそれほど外れてはいまい。


で、日本のおじさんの一人であるわたしは、写真というと、シャッターを切ることより写真機の方にその関心が向かってしまう昔気質の人である。
最近増殖している高級タイプのコンパクトデジカメは、より綺麗な写真を撮りたい女子と、相変わらず写真機偏愛の病を引きずるおじさん達の両方にアピールしていると思われる。

結局のところ、写真っていうのはシャッターを切ることの方が本来の目的で、写真機は手段に過ぎない。
で、最近の「高級感」のあるカメラは、なにげにシャッターを切るだけでびっくりするほど綺麗に撮れる。
写真文化がおじさんのものであった時代は終わったのだなあ、となんとなく思うのである。
posted by ヤス at 07:46| 徒然なるままに