2015年11月02日

常識を破るのは簡単ではない

新しいことを考える時なんかに常識を疑え、みたいなことをよく言う。

わざわざ「疑え」と言わないといけないのは、意識していないと疑うことができないほど常識が人々に身に付いてしまっているからだろう。
また世の中を大きく変えてしまうほどの新発見や新事業を行うような人は、常識のネジが2〜3本外れているような、ある種の狂気が必要なのではないかと思う。

ところでこの常識っていうのは、一体何なのだろうか。
あらためて考えてみるといろんな論点があるように思われる。
まず、常識というのは人間の社会生活とセットで存在するものである。
社会が変わると常識も変わる。
日本には日本の常識が、アメリカにはアメリカの常識がある。
同じく、アラビア半島にもシベリアにも、エスキモーにもマサイ族にもそれぞれの社会ごとに常識はあるだろう。
たぶん気候風土や宗教・風俗などを基に、ある生活様式や思考様式が歴史的過程を経て最もしっくりくる「常識」として定着した、みたいな話だと思う。

常識に理由は要らない。
常識だからそうなっているのだ、という事でたいていまかり通るのが常識であろう。
これを脳機能的に前向きに捉えるなら、社会生活の多くの要素を常識として判断することにより、思考をもっと別の創造的仕事に振り向けることができる、と言うこともできるかもしれない。
とりあえず常識として決まっていることについては、考えることが要らないから楽ちんなのである。


しかし異文化の接触が、ときに常識に疑問の余地を生み出すことがある。
紀元前3世紀頃の古代中国の戦国時代、当時の中華世界では馬に直接騎乗するのは野蛮人の所業というのが常識だった。
当時の中華諸国は馬に曳かせた戦車に乗って戦っていた。
それを趙の武霊王が北方遊牧民に倣って騎乗に適したズボンを穿き、馬にまたがって戦う「胡服騎射」を取り入れた。
胡服騎射はほどなく中華世界に浸透したようであるが、それはその方が戦力的に有利だったからだろう。

戦争に有利という厳しい合理性の前には常識も無力になる。
たぶん馬に触れることの少なかった農耕民族にとって馬に直接またがることはなかなか勇気の要ることだったのだろう。
今までは、直接騎乗は野蛮人の所業という常識を盾にしていたけれど、戦争に負けて命をとられれば元も子もない。

胡服騎射導入にあたって趙の国では、重臣たちを中心に大きな反対論が起き、ひとしきり混乱したらしい。
常識が打ち破られる瞬間は、人々の間に常識に盲従する心理が大きな抵抗力となって働くのだろう。

こういう場合、その瞬間に常識を破る側に居るのは勇気がいる。
まったく簡単なことではない。
こういうことを書いている自分であっても、おそらくその時には抵抗力の側にいるだろう。
せめてそれくらいのことは自覚しておかないといけない、と思った。
posted by ヤス at 06:55| 徒然なるままに