2017年08月21日

日米の組織の違い

なんとなくネットニュースをだらだら眺めていたら、元Facebookの顧問弁護士がベンチャー企業のCBOに就任したというのがあった。
ニュースの内容にはさして興味は湧かなかったのだが、CBOというのが何の意味なのか分からないのが引っかかった。
と思ったら記事の最初の方に出ていて、「CBO=チーフ・ビジネス・オフィサー」らしい。
思ったよりも普通で肩透かしを食らった気がした。

しかしCBOというのは何の役割を果たすのだろう。
これも記事中に説明がある。
「ビジネスの戦略や会社の将来について考える、法務、人事、採用、PR、社内コミュニケーション、マーケティングなど領域は多岐にわたる」
などと書いてある。

これは日本式に言うと何の役職になるのだろう。
おそらく仕事の内容としては「経営企画」がいちばん近い気がする。
だからCBOは経営企画担当役員くらいのところだろう。

そんなことを考えていてふと思ったことがある。
それは日米における、組織とその組織の長の関係についてである。
なかなか手短に説明できないのであるが、どうもアメリカの組織の長というのは、組織よりも「先にある」のではないかという気がしたのである。

つまり一人の組織長のキャラクターや方針が、その下につく組織の内容を決定するのではないか。
先頃、我が国では内閣改造が行われたが、我が国の省庁組織と大臣の関係は、まずほとんど「その省庁の頭に乗せても差し支えのなさそうな人物は誰か」という視点で行われる。
数万人の構成員からなる省庁組織の仕事内容や「性癖」はほとんど永久不変で揺るぎがなく、上に戴く大臣の誰彼に左右されない。

そこへ行くとアメリカでは、誰が長官に就任するかによってその組織の戦略方向や仕事の内容や省庁の上位スタッフの顔ぶれなんかもガラリと変わるのだろう。

このような日米差は一体どのように生じたのだろう。
ここからは概ねわたしの推測である。

やや唐突だが、これは多分それぞれの国の軍隊組織の性向が強く影響しているのではないか。

アメリカというのは、建国以来ずっと戦争を戦ってきた。
南北戦争のような大規模内戦もあったし、もちろん二度の世界大戦、朝鮮半島やベトナム、アフガン、イラクなどの対外戦争も大小さまざまに手がけている。

一方の日本も近代以降大規模対外戦争を何度か経験している。
しかし少なくとも聖徳太子から以降の長い歴史の中で考えると、対外戦争をしていない時代が圧倒的に長い。
アメリカの方は歴史は短いが、建国以降ほぼ隙間なく戦争をしているのではないか。

戦争では、敵の繰り出す新兵器や新戦術にいかに柔軟に対応するかが勝利のカギを握る。
そして少なくとも最近の100年200年の期間においては、アメリカの方が多くの戦争を経験し、時々負けているが、しかしちゃんと勝ち残っている。

そのあたりの軍事的なしぶとさが、企業組織づくりにも大きく影響しているのではないかという気がした。
まあ例によって気のせいであるようにも思うのであるが。
posted by ヤス at 10:33| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月20日

人に褒められること

人に褒められると悪い気はしない。
大昔、なんかの研修で初対面の人の心を掴むのにとにかく褒めろ、みたいなのがあった。
その時にどういうポイントをどのように褒めたらいいかとか、いくつか要点があったと思うのだが今となってはすっかり忘れてしまった。

とにかくも、人は上手に褒められると脳の中でなんか気持ちよくなる快感物質が出てくることは間違いない。
それによって褒めてくれた相手に自然に好意を持つことになる。
そうすると以降のコミュニケーションがスムーズになる。

しかし少し心のねじれた人間にとっては、そういう予備知識は少し別の効果を生む。
あまり面識もないのにやたらと褒めてくる人がいると、これは何か背後に良からぬ企みがあるのではないかと警戒したりすることになるのである。

しかしおそらく、人に褒められた時の模範的な態度は褒めてくれたことに対しできるだけ素直に謝意を返すことなのだろう。

こういうコミュニケーションのせめぎ合いは、男性と女性では女性の方が圧倒的に上手であるように思う。

「奥さんほんとにいっつも若くて羨ましいわあ」

みたいな明らかな「お世辞」に対し、満面の笑みで「もーほんまやめてよお」と本気の嬉しそうな顔をする。

そのような迫真のやりとりは日常しょっちゅう目にするわけであるが、心のひねくれた中年のおじさんにとっては少なからず理解不能のやりとりであった。
しかし最近になってだんだんと見直すようになってきたのであるが、前述のおばさん連中のやりとりには少なからず「本気」の要素が含まれているということにようやく気がついた。

本気であからさまなお世辞を言う、お世辞を言われた方も本気で嬉しがって見せる。

この点については、おじさん連中がビジネスの現場で時折見せる毒にも薬にもならないお世辞の交換と比較すると、かなり魂のこもったコミュニケーションであると言うことができる。
まあおじさんの場合でも、根限り目の前の相手を持ち上げ、褒めそやし、思いつく限りの長所を並べて賞賛する人が稀にいたりするのであるが。

わたしとしてはこれまではそういう過剰に相手を褒める人を見る時に、それはいくら何でも褒め方が過ぎやしないかとやや不思議な気持ちでいたのであるが、だが少々長く生きてきて、一周回ってやっと根限り人を褒めることの効果がだんだん分かってきたような気がする。

ただし褒められて本気で嬉しがることは重要なポイントだが、しかし頭の片隅ではそのお世辞を真に受けない冷静さを保たねばならないことは言うまでもない。

特におじさんの場合は、年を経るにつれて褒められることが増え叱られることが減るので要注意である。
人生まだまだ学ぶことが多い。
posted by ヤス at 07:14| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月19日

スペインのテロ

スペイン・バルセロナでテロ事件があった。
今回のテロは銃器や爆発物を使うのではなく、レンタカーで繁華街を暴走するという手口であった。

武器・兵器の類を使わない、ありふれた自動車を使う手口は、日本の秋葉原で発生して以来世界中で度々起きている。
自動車プラス銃器のパターンもあったけれど、自動車だけを使う場合、事前に察知して取り締まることが非常に難しいと思う。
しかも今回もテロの舞台となったのは観光客が多数集まることで知られるランブラス通りだった。

このような人が集まる通りというのは世界中に無数にあるだろう。
そして自動車を1台用意してその繁華街を暴走するのは、テロ組織でなくても、個人でも簡単にできてしまうことである。
今回のような事件はたった一人の意思で突発的に起こすことができる。
先日法案成立した「テロ等準備罪」でも十分には取り締まれないに違いない。


事前の取り締まりが難しく、かといって世界中の人通りの多いストリートを交通制限するわけにも行くまい。
考えられる対策としては、この手のストリートを歩行者専用にして物理的に自動車の侵入ができないようにしてしまうことだろう。
しかし地形や周辺交通との兼ね合いでそのような対策は困難な場合が多いかもしれない。

ということは、しばらくの間人類はこの種のテロと共存していくしかないのだろう。
一部の報道でも、バルセロナでは事件発生直後、ものすごくスムーズに通りの店舗が一旦店を閉め、また通りにあふれた人々をカフェなどに収容するなど、「テロ慣れ」している様子が流れていた。

実際イラクのバクダットでは日常的に爆弾が爆発しており、商店街で爆発した時でも2〜3時間後にはいつも通り商売が再開するくらいテロの頻発現場では「テロと一緒に生活」している人々がいる。

テロの防止は犯人を検挙し、組織を摘発して発生源を潰していくのはもちろん必要だと思うが、やはり根本的な原因を突き詰めて、そこに手を入れないと本当の平和は訪れないのは言うまでもない。

そしてテロの凶暴性は、扇動者や実行犯など犯人たち固有の問題というだけでなく、人類の中からなかなか無くならない暴力性の取り扱い方の問題として全く普遍的な問題であるので、これはたぶん人ごとではないのである。
posted by ヤス at 13:38| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月18日

タバコの匂いの思い出

ごく稀に、ではあるのだが、マクドナルドのトイレに入るとタバコの匂いがぷーんとすることがある。
マクドはずいぶん以前から全面禁煙である。
愛煙家がケムリにありつくためには店外に出なければならない。

トイレでタバコ吸った奴は、よほど禁断症状が差し迫っていたのだろうか。
あるいは、そういうことではなくて単なるくそガキの高校生かなんかが、いちびって吸っただけなのかもしれない。
そういえば大昔の高校のトイレも、たまにニコチンの香りが漂うことがよくあった。

しかしなぜ彼らはトイレでタバコを吸うのか。
トイレというのは学校でもお店なんかの場合でも、あまりジロジロと監視がしにくい場所である。
だから吸う方も腰を落ち着けてゆっくり吸えるのだろうか。

学校や店のトイレ以上にひどいのは、道の駅とかドライブインの公衆トイレだろう。
こういうトイレは外観が薄汚れて少々見た目に難があると同時に、トイレ的なアンモニア臭になぜかタバコの匂いが混ざって独特の臭気を放っている。

私の鼻はその臭気をすっかり憶えてしまって、久しぶりにそれを嗅ぐと思わず懐かしい感じさえしてしまう。

ちなみにわたしはタバコは非常に苦手である。
学生の頃は周辺はみんなどんどん吸い始めて愛煙家の率は半分以上になっていたのではないかと思う。
わたしは当時水泳をしていたからあまり吸おうとも思わなかったが、試しに吸ってみたことはある。
おそらくわたしの長い人生で一箱分以上は吸ったことがあるのではないかと思う。
幸いなことにその後もわたしは「常習者」への道を辿ることもなく、むしろ嫌煙家の方へどんどん傾いていった。

ただこれだけタバコをめぐる環境が厳しさを増す中にあっても、周辺にはどうしてもやめられないヘビースモーカーがけっこういる。

愛煙家が禁煙することの困難は、わたしには今ひとつ理解が難しいが、しかしタバコを吸った時の気持ちよさについては分からないこともない。

というのも学生時代のある時に、住んでいたアパートの下の住人が「中毒者」であったらしく、時々煙の仄かな香りが上まで上がってきていた。
それが非常にかすかな香りであり、そういう薄い香りの場合はなんだかこっちも気持ち良くなることがあった。
特に夜中に、寝る前に一本吸っているのだろう、その夜中のかすかなニコチンの香りにはちょっと毎回楽しみになるくらい危うい気持ち良さが含まれていた。

だから吸った時の気持ち良さはなんとなく想像つくのだが、でもとなりでプカプカやっているのとか、大量の吸い殻が発する強烈な悪臭は、やはり堪え難いものがある。

だからせめてトイレの匂いとタバコのそれを混ぜるのだけは、今後謹んでもらいたいものだなあ、と思っている。
posted by ヤス at 12:50| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月17日

東京オリンピックのマスコット

この8月の前半、2020年東京オリンピックのマスコットのデザイン募集があったらしい。
募集は14日に締め切られて2042件の応募があったそうだ。

先に行われた大会のシンボルマークの募集では1万点を超える応募があったらしいのでそれに比べるとずいぶん少ない。
何でもマスコットの募集にあたっては提出物として基本デザイン案と基本デザイン案を上下左右など6方向から見た図面、さらに表情2種類、競技別デザイン案2種、及びマスコットのプロフィール(制作意図、特徴、オリンピックマスコットとパラリンピックマスコットの関係性)を出さないといけなかったらしい。

そのようにやや複雑な提出物が求められたためにシンボルマークに比べると応募が少なかったようだ、と報道は伝えている。

本当だろうか。
まあシンボルマークと比べると確かに面倒臭かったのかもしれないが、ひょっとして東京オリンピックは開催2年前にしてすでに日本国民に飽きられているのではないか、と考えるのは少し意地が悪いかもしれない。


しかし最近のオリンピックにはこのようなマスコットキャラクターの存在がお約束になっているらしい。
ちなみに2016年リオオリンピックのキャラクターはどんなだったかと思うが全然思い出せない。
日本のオリンピック組織委員会が作成したマスコット応募要項の下の方に例として出ている。

黄色い頭の大きくて手足がひょろ長いサルみたいなのに加え、頭に葉っぱがいっぱいの青っぽい謎のキャラがパラリンピックのマスコットらしい。
ちなみに名前はオリンピックマスコットの黄色いサルみたいのが「ヴィニシウス」で、パラリンピックが「トム」だそうだ。(恐ろしく変な名前だ)
ビニシウスもトムもブラジルの有名な音楽家かなんかの名前らしいが、当然ながらわたしはまったく知らない。
(ビニシウスは有名な「イパネマの娘」の作詞者だそうだ)

リオのマスコットは30万票以上の投票の末に決まったそうだが、人口2億の国で30万票の投票は国民的に盛り上がったということなのだろうか、少し心配になる。

ところで日本のオリンピックマスコットは日本全国の小学校で投票が行われるという。
日本の小学生は、以前よりかなり減ったとはいえ全部で600万人以上いるのでブラジルのマスコット投票より総数は増えることが予想される。
この辺、盛り上がりの演出としてはうまくやっているのだなあと思った。
ちなみに小学生の投票は「強制ではない」そうだ。
非常に現代的である。

小学校での投票に先立ち、審査委員会であらかじめ3〜4案に絞り込むらしい。
どうせなら100案くらいで小学生に投票してもらった方が突拍子もないのが選ばれて面白いのではないかと思ったりするのだけれど。

しかしよくよく考えてみると、先に行われたシンボルマークの一連の騒動は一種の炎上マーケティングとしてかなり盛り上がった。
今回のマスコット選考は、気のせいかかなり盛り上がりに欠けるような感じなので、再び炎上するのに奈良のゆるキャラの「せんとくん」みたいな不気味キャラクターが選ばれたりすると面白いと思うが、多分煮ても焼いても食えない無難なモノに落ち着くような気がする。

ただ審査委員にしょこたんがいるので、彼女のセンスが選考に活かされて妙なデザインが選ばれることを少しだけ期待しておこうかと思った。
posted by ヤス at 13:59| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月16日

中国の対北制裁

北朝鮮が今月下旬にも実施する、としていたグアム周辺へのミサイル発射を延期したらしい。
ここまでアメリカがどう動くか見極めていたのだろう。
わざわざ延期を明言したのは、実際にミサイルを発射した場合にあるいはアメリカからの攻撃がありうると思ったのかもしれない。
たとえミサイルの着弾がグアムから数十km以上離れていたとしてもである。
そういうことではアメリカ側が発していた、「反撃を辞さず」の過激な反応が功を奏したということになる。

またここへ来て中国が北朝鮮に対する経済制裁に踏み切る姿勢を示した。
北朝鮮からの石炭などの輸入を昨日15日から全面的に止めるらしい。
しかし中国からの石油その他の戦略物資の輸出については報道に入っていない。

石炭輸入を止めて北朝鮮経済にどの程度の影響があるのかよく分からないが、一応貿易統計上は北朝鮮の対中貿易の半分くらいが石炭らしい。
それを止めると当然北朝鮮としては大打撃になる。

しかし過去数年、同様のケースはこれまでにもあったようで、検索すると昨年もミサイル(この時は北朝鮮はまだ「ロケット」と呼んでいたと思う)発射に対する制裁で、石炭貿易を停止するニュースが流れている。
しかし結果、過去の中国の対北制裁は何の効果も発揮していないようである。
もし額面通りに貿易が止まったのなら北朝鮮経済に深刻な影響があり、ミサイルや核開発どころでは無くなっただろう。

しかし現実には北朝鮮の技術力は衰える気配がない。

あるいは「政府の監視をかいくぐった」密貿易が中朝国境で行われているのかもしれない。
個人的には多分そうなのだろうと想像する。
つまり中国は本気で北朝鮮を止めるつもりがないのだろう。

多くの人が指摘している通り、北朝鮮の暴走を止める鍵は中国が握っているのだと思う。
中国が「本気」で経済的に締め上げれば、さすがの北朝鮮とて根を上げるに違いない。
でも中国は決して本気にならない。

少し歴史を俯瞰すると、日本や朝鮮半島は19世紀以降アメリカが太平洋側に勢力を伸ばして来て進出した(アメリカから見て)西の端である。
南の方では一旦はフィリンピンまで勢力圏に入れ、一時はベトナムなどインドシナ半島も窺ったが撃退された。

フィリピンの駐留米軍は撤退(その後南沙問題があって再駐留したらしい)したので、現在アメリカの対アジア最前線は朝鮮半島であり、日本はその後方陣地である。

冷戦時代、幸いなことに極東アジアで米ソ直接戦争は発生せず、現在のロシアは海軍力を大幅に縮小しているので海洋覇権をアメリカと争う可能性がほとんどなくなった。

問題は経済的にも軍事的にも伸長著しい中国だが、一方で米中は間に日本や韓国も挟んで莫大な貿易関係がすでに出来上がっている。
だから合理的に判断するなら米中戦争というのは起きようがない。

ということは北朝鮮とアメリカの軍事衝突も起きないことになる。
少なくとも北朝鮮が暴走しようものなら、その時こそ中国が本気を出すだろう。

問題は北朝鮮が、あるいはアメリカの大統領が合理的思考を失った時である。
でも多分彼らは呑気な日本人なんかよりよほど必死で将来についての計算をしている気がする。

昨日は72回目の終戦記念日だったが、「戦後」の歴史はまだまだくすぶって煙を出しているようである。
posted by ヤス at 09:52| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月15日

勝つための苦労

昔、マラソンで有名な宗兄弟が繰り返し言っていたことがあって、それはマラソンでは優勝する選手がいちばん楽をしている、ということだった。

それはそうだと思う。

最後に、ライバルよりどれだけ余分に力が残っているかがマラソンで勝つための必要条件であることは間違いない。

これは宗兄弟と同時代に戦った瀬古利彦をたぶんに意識しての発言なのかもしれない。
瀬古のレースは、終盤までポーカーフェイスで集団の中で先頭を窺っていて、勝負所で苦もなくスパートをかけて一気に引き離す。
あるいは大きなリードが奪えずゴール直前まで付いてこられても、最後の200m、100mを短距離走のスピードで走ってライバルを振り切る。

ああいうレース展開はよほど終盤に向けて余力を貯めていないとできるものではない。

一方の宗兄弟は、勝つ奴がいちばん楽をすると言う割にはラストスパートで勝つ印象がない。
特に兄の茂は、いつも30km過ぎて後れを取って、しかしそこから粘りに粘って上位に食い込むという展開がものすごく記憶に残っている。


勝つためには楽をしなければいけない。
この命題は、いろいろ考え詰めていけばいくほど真理であるように思えてくる。

この逆さまの言い回しは、勝つためには苦労をしないといけない、ということになる。
世間的な常識としてはこちらの方が通りが良いに違いない。

しかし、同じ勝つなら苦しみ骨を折る修行はしたくない。
人間、誰しも本当は苦労なんかはしたくないのである。
だが勝つためには一定の苦しみの蓄積が必要とされる。

少し天邪鬼に考えると、勝つために苦労が必要という考え方は勝てなかった奴の負け惜しみなのではないかと思える。
「自分は一番にはなれなかったけれどこれまで誰よりも苦労を重ねた。だからそこに一定以上の尊さがあるのだ」
そういう風に言っているように思える。

オリンピックなどでは、金メダルは大抵一つの競技で一つしかない。(団体競技を除くと)
だからどうしても銀メダル銅メダルの選手が発生することは避けがたい。
しかもスポーツ競技ではトレーニングの蓄積以外にも身体の遺伝的特性とか、頑張っても変更不能の要素もあって必ずしも最高のトレーニングが金メダルに直結するわけではない。

だから必ずしも銀や銅の結果が金に劣るとも言い切れないのだけれど、しかし少なくともわたしの目には、孤高の金メダリストには、しばしば優雅に戦っている感じというか、孤高の勝者だけが持つ心の余裕みたいなものが見えるような気がする。

勝ち負けの世界における本当の価値は、決して苦労の多寡では無く有効なトレーニングをどれだけ積み上げることができたかということだろうと思う。

そういう意味のことをいつも苦しそうに走っていた宗兄弟が言っていた、というのがまた説得力があるよなあ、と思ったのだった。
posted by ヤス at 09:42| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年08月14日

北朝鮮問題

お盆休みであるが、今朝も日経平均株価はかなり落ちている。
北朝鮮情勢の影響だろうか。
韓国のサムスンなんかもかなり株価をさげているそうである。
そして先に報道されていた、「8月中旬までに弾道ミサイルをグアムに向けて発射する計画を策定」の8月中旬にそろそろなる。

事態はどういう方向に進むのか、かなり気になる。
それで、いくらか個人的妄想も交えながら今後について想像してみる。

まず、アメリカと北朝鮮の間で直接的な武力衝突の可能性があるのか。
パターンはいくつかあって、北朝鮮がアメリカの領土にミサイルを打ち込む、あるいは韓国または日本の米軍基地にミサイルを打ち込むというのがひとつ。
逆にアメリカが北朝鮮を攻撃するパターンがあって、これは巡航ミサイルや爆撃機でミサイル発射拠点などを空爆するのと、地上軍を北朝鮮領内に侵攻させるのとがあるだろう。

しかしどのパターンも当面起きないと思う。
直接戦闘の発生は、米朝ともにメリットはまったくないからだ。

北朝鮮の後ろには中国がいる。
もし北朝鮮が無くなると中国はアメリカ勢力圏と直接境を接することになって都合が悪い。
だから中国は北朝鮮の存続を強く望んでいる。
できれば韓国を北朝鮮に併合してアメリカ勢力を大陸から一掃したいと本心では思っているに違いない。

アメリカはその逆で、北朝鮮を消滅させて半島を強固な橋頭堡にしたい。
数十年間その思惑が絶妙にバランスして今日まで来ている。

まったく国際関係というのは危ういバランスの上に成り立っているのだと感じる。
そのバランスが、北朝鮮の核開発成功と弾道ミサイル技術の進展でガタガタ揺れ始めている。


金王朝の基本方針は南北統一である。
そして初代の金日成の時から、南北統一のために核を持たねばならないと腹を決めてこの営々と核開発を続けてきたのである。
およそ60年間核開発を続けてきてやっと実用になるモノが出来た。
この核は、少なくとも建前上は南北統一のための手段であって対アメリカ戦争の道具ではない。

そういう意味でも北朝鮮はアメリカを攻撃する意欲はない。

しかし現実として北による南北統一が成立するとはとても思えない。
金王朝の下の統治を韓国民衆が認めるわけはないのである。
また金王朝はギリギリの緊張状態においてやっと存続可能な体制であるとも考えられる。
万が一南北統一が出来上がると、その瞬間から王朝は自壊するのではないかと思う。

したがって今後、北に核が有る状態での新しいバランス状態がまた始まるのかもしれない。
ということは、とりあえず最悪の事態は起きないと考えていいのではないかと思う。

いずれにしてもカギを握るのは北朝鮮そのものよりは背後にいる中国である。
北朝鮮問題がここまで危うくなったのは、ひとつには米中の力関係が最近かなり中国の方に傾いているということなのだと感じる。


posted by ヤス at 12:28| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年08月13日

ヤマト運輸の将来について

この間、糸井重里が主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」からメールが来ていた。
わたしは過去に数回「ほぼ日」の通販サイトで買い物をしたことがあり、その時に情報を登録したので今回メールが届いたのだと思う。
それでメールの内容は、配達業者がこれまでのクロネコヤマトから日通のペリカン便に変わりますよ、というものだった。

ここからは推測だがクロネコヤマトは今、取引先の大幅な見直しを進めているのであろう。
おそらく、企業の大口先を整理して個人客などの小口先に絞り込む方向にシフトしているのではないか。

それでちょっと前にクロネコヤマトを作り上げた故・小倉昌男氏の「経営学」を読んだのを思い出した。

同著によると石油ショック後の1970年代に父親が創業した大和運輸の社長に就任した小倉昌男氏は、従来の企業顧客からの受託で荷物を運送していたのを個人客の小口荷物中心の営業に全面スイッチするという、当時の感覚としては恐ろしくクレージーな新規事業に打って出て現在のクロネコヤマトの礎を築いた。

その時に有名な話で大口顧客である百貨店の三越、当時はあの社長解任されて「なぜだ!」と叫んだ岡田茂氏がまだ社長だったが、その岡田氏に取引停止を通告したりしている。
また直接の競合先であった郵便局と喧嘩をしたりしたのも当時話題になった。
古い話なのでオジさんでないと知らないかもしれないが。

とにかく、クロネコヤマトのヤマト運輸は大口荷物から小口荷物にシフトして今日がある、という歴史的経緯を考えると、アマゾンやその他の通販サイトの大口需要がどんどん増えるのは事業のベクトルが真反対である。
だからヤマトとしては脱アマゾン、脱大口企業顧客は不可避の流れだったのであると思う。


しかし通信販売業態は今後も急速な拡大が見込まれている。
統計の取り方によって少し差があるが、概ね現在の通販業界の規模はざっと10兆円くらいである。
全小売業の合計が120兆円くらいであり、通販比率は今1割弱くらいだがこれが2〜3割になるくらいまでは年率7〜8%くらいで伸び続けるらしい。
そうなると現状の宅配便業界の輸送キャパシティは、数年後にはパンクするのではないかと想像される。

たぶん従来型の方式でドライバーを増やして対応することは不可能なので、宅配ロッカーや今のコンビニみたいな荷物の預かり受託をする提携先を増やすとか、今後の拡大分は新しい方法で対応するしかない。

10年くらいしたら、自動運転やドローン関係の技術と法制度が整備されて宅配ロボットが街を飛び回るようになっているのかもしれない。
そうなった未来に、果たしてヤマト運輸はどういう業態に変化しているのだろうか、と思ったりした。
posted by ヤス at 11:40| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年08月12日

東芝有価証券報告書提出

経営危機に揺らぐ東芝が、やっと2017年3月期決算を提出した。
東芝をめぐる状況はなかなか複雑のようで、今回の決算で債務超過額は5529億円になったらしいが、これを2018年3月末までに解消しないと否応なしに上場廃止になる。
東芝の基本方針としては、虎の子の半導体メモリ事業を売却してこの債務超過を解消すべく売却先を模索している。
しかし東芝と半導体で事業提携しているアメリカのウエスタンデジタルが売却に反対しており、また売却先が見つかった場合でも売却先企業各国の独禁法審査に半年、一年くらいはかかるらしい。
2018年3月末までもうあと7ヶ月あまり。
ほとんど時間がない。

半導体メモリ事業の売却予定額は2兆円程度と見積もられており、全部売却が難しい場合は債務超過解消分だけ部分的に売ることになる公算が高そうである。

しかしそもそも東芝は、最初は「一部売却」を模索していたのだった。
そうしたら手を上げた買い取り先企業が「全部でないと買わない」と言ったので全部売却に変えた経緯がある。

どうも話が堂々巡りで、要するに結論的には売却話はご破算に終わる可能性が高い。

しかも最近東芝の半導体事業は業績が過去最高にいいらしい。
現在東芝の利益の9割近くを半導体が稼いでいる。
したがって同事業を売却すると東芝はスカスカになってもぬけの殻になる。

しかし現経営陣は東芝をもぬけの殻にすべく鋭意努力中である。
その辺、東芝経営陣のやりたいことはどうも支離滅裂だ。
おそらく現経営陣は、自分たちの代で上場廃止になることが我慢できないほどの汚点であると考えているのだろう。

おそらく東芝には、半導体事業にもそれ以外の事業にも優秀な人材はたくさんいるに違いない。
今必要なのは、優秀な人材を多数擁する東芝から、このどうしようもない経営陣を引き剥がすことだと思う。

最悪なのは以前に取り沙汰された公的資金の投入が実現することだろう。
3月くらいに産業再生機構などが中心になって資本注入する案がニュースで流れたことがあった。
これは日の丸半導体を守るというのが大きな動機であるように思うが、例えこれで経営陣が総入れ替えになったとしても、これはこれでかなり問題だと思う。

過去に公的資金を投入された日の丸半導体の無残な姿を見ればそれは明らかだろう。
そもそも東芝の半導体が今もって利益を稼いでいるのは、国策連合に入らず独自路線でリスクを取ってきたからであるに違いない。

そんなこんなで東芝が上場廃止になるショック療法で、日本の「伝統的産業界」が少しは良い方に変わるのではないか、と思ったりする今日この頃である。
posted by ヤス at 13:51| Comment(0) | 徒然なるままに