2017年12月17日

断食明け

時々、人間は空腹の方が集中力が増す、という論調に出くわすことがある。
太古の昔、狩猟採集生活を行なっていた時代の名残りで、腹が減っている時こそ狩りに対するモチベーションが高まり、自らの命ばかりでなく獲物を心待ちに待っている家族のためにも眼前の動物を仕留めなければならない、その一心から嫌が応にも集中せざるを得ない。
空腹で集中力が増すというのは、そんな人類の歴史を踏まえた上での考えであろう。

ところで、わたしはただ今「プチ断食」の途中にある。
おとといの晩飯を食って以降、現在に至るまで食事らしい食事を摂っていない。
ただし昨日は、朝と晩に一回ずつ豆乳にプロテインを溶かしたのを飲んだ。
昨日の摂取カロリーは約300kcalが二回で計600kcalほど。
それでざっと計算すると、現在まで40時間ほど固形の食糧を胃に入れていない。

さて、なぜプチ断食をしているかということであるが、大した理由はない。
ひとつ、マラソンシーズンに備えて体重を減らしたい、という思いはある。
これまでに体重を減らすには飯を抜くのが一番効果的だったという経験則を得ており、しかし、飯を抜くと人類の身体にあらかじめセットされたホメオスタシス的バランス機能が全開で働いて、猛烈なリバウンドが生じることも分かっている。

だからひょっとしたら今度こそ体重が減るかも、というかすかな期待もあるにはあるのだけれど、ここに来てわざわざ断食にチャレンジするのは、「断食そのもの」への渇望、すなわち、あのやるせない空腹感にもう一度苛まれてみたいという妙な欲望のなせる技、であるような気がする。
一言で言えば「マゾ」である。

しかし完全断食はいかにも体に悪そうなので、流動食のプロテインは適当に摂取することにした。
それで今けっこうお腹が空いている。
また肝心の集中力が増す件であるけれど、これは事前に薄々予想していたのだが、集中出来そうな気が全然しない。
とにかく腹が減って全身から力が抜けて、身体だけでなく頭の方もぼうっとしている。
こういう時は散歩でもして、体脂肪燃焼サイクルのスイッチをオンにすればいいのだろうと思うけれど、もう立ち上がるのもかなり億劫である。

それで今回の断食を通じて発見したのは、いつも飲んでいるコーヒーがものすごく美味く感じるということだ。
安物の豆で淹れたブラックコーヒーの味が、いつも以上にまろやかに芳醇に感じられて少しばかり幸せな気分に浸れる。

ということで今回の断食を通じて確認したことは、空腹で集中力が増すほど世の中は甘くない、しかし空腹時にはコーヒーが妙に美味く感じられること、などであった。
断食は、断食明けこそが肝心である。
これから「M」のグラコロを食うか、明治のアイスを食うか、その辺が迷いどころだなあと思ったりしている。
posted by ヤス at 11:42| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年12月16日

靴底の減りについて

わたしはたぶん他の人よりも多く歩く。
昔は折りたたみの自転車も持っていたけれど、今は自転車に乗ると歩くチャンスが減るので乗らない。
距離的に言うと、2km、3kmは完全な徒歩圏内。
出来れば5km、6kmでも歩いて移動したいがこの距離になると徒歩移動時間が1時間を超えてくるので難しいことも多い。

なんでそんなに歩きたいかというと、それほど深い意味は無いのだが、あえて言えば、アイスクリームを食べても太らないようにするため、という程度のことだ。
体重60kgの人間が1km歩いたり走ったりすると、理論上60kcalの熱量が消費される。
片道3km往復6kmの徒歩移動では360kcalの消費。
ほぼアイス1個分のカロリーに該当する。

厳密に言うと徒歩と走りではやはりカロリー消費にかなりの差があるみたいだけれど、まあそこは気持ちの問題である。

ところで、このようにたくさん歩いているとちょっと心配になることがある。
それは靴底の減りである。

昔フルマラソンを初めて走った時、新調したアシックスのシューズを履いたのであるが、後半脚が死んでひきずり気味の走法になってなんとかゴールした。
その時にアシックスの新しいシューズの靴底が、特に指の付け根のあたりを中心に無残にすり減っていて衝撃を受けた。
そしてこの時、脚を引きずって走ると靴底が減ることの恐怖が脳裏に焼き付いた。

それ以来走る時はもちろん歩く時も、なるべく足の底を引きずらないフォームを心がけるようになった。
朝、マラソンの練習でちんたらジョギングする時も、ちょっとコンビニに買い物に行くときも、家の中で便所に行くために5mほど移動する時も、常に足先を空中でリカバリーすることに意識を集中した。
コンビニまでの道中の数百歩のうちの一歩たりとも地面を靴底が舐める「ザザッ」という音がしないように、毎日命がけで臨んだ。

足を引きずらないと同時に、靴底の偏摩耗を防止するため身体の重心位置をニュートラルに保ち、膝を柔らかく股関節の柔軟な回転をイメージしながらまっすぐ歩くことにも留意していることは言うまでもない。

そうやって足が地面をこすらないようにものすごく気をつけて歩いていると、世の中の人々の、なんと足を引きずって歩いている人の多いことか、という事実に気がつく。

足腰の弱った高齢者ならいざ知らず、ジーパンを腰パンにしたおにいちゃんとか(最近はずいぶんと減ったような気もするが)が、スニーカーをひこずりまくりながら歩いているのとすれ違う時なんか、動悸・息切れ・めまいで脳みそがクラクラしたりする。

おかげさまで長年の苦労が実を結び、最近靴底の減りがなんだか少ないような気がする。
いやしかし、それもただの気のせいかもしれない。

まあそんなわけで最近買ったアディダスのトレッキングシューズが、靴底のブロックパターンがやべえくらいに削れそうな感じがして、にも関わらず、がんばってそろりそろりと、今日もアイスクリームのために歩いていたりするのだった。
posted by ヤス at 14:58| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年12月15日

ヤマトとAmazonの混乱について

今月のはじめ、宅急便の荷物をクロネコヤマトの営業所留めにしてあったのを取りに行った。

クロネコメンバーズの荷物到着予告のLINEが入って来たので、受取場所を営業所にして送り返してあったのである。
その後営業所に荷物が到着したことを告げるメールが入って来て、そのメールに「いつでもご来店ください」と書いてあった。
で、メールから数時間後に取りに行った。

受付で伝票番号をもとに荷物の状態を調べてくれて、そうしたら「荷物はまだ倉庫にあってお引き渡しの準備が出来ておりません」だという。
受付は若い女の子だった。
わたしはにこやかな作り笑顔で「じゃあまた明日取りに来るわ」と行っていったん退散したのだった。

翌日。
残念ながら昨日の女の子はおらず、おばさんが応対。
「荷物は3個口ですね」
と言われて小さめのダンボールを3つ持って帰る。
最近の物流システムのすごさで、受取直後すかさず荷物の送り元の会社から納品完了の「ありがとうございますメール」が入って来たのだが、ただそこには荷物は「4個口」と書いてあった。

手元の3つのダンボールを開いてみると、確かにひとつ足りない。
それで送り元の会社に確認すると確かに4つ送ったという。
それでさらにその送り元がヤマトに確認してくれて、渡しそこねた荷物が営業所の倉庫に残っているという。

再配達を待つのは精神衛生上悪いので再び営業所に取りに行く。
やっぱり受付はおばさんだったけれど、「ご迷惑をおかけしました」と平謝りだった。


で、つい3日ほど前、今度はAmazonで買い物をした。
配送業者はやっぱりヤマト。
Amazonプライム対応の商品だったけれど、注文時点で「時間指定配達不可」となっていた。
まあたいして支障はあるまい。

注文時、配達予定日は3日間ほど幅のある表示になっていた。
しかし注文翌日ヤマトのLINEが入って来てほぼ最短時間で到着しそうだ。
それで今度は19時〜21時の時間指定配達を設定してヤマトに返信。

19時半頃になった。
今か今かと荷物を待っていたら、ヤマトのドライバーから電話が入る。
「今日夜指定の荷物ですけどー、今時点で岡山にありません」
とおっしゃる。
「ヤマトのセンターに確認したらー、明日の配達になるみたいなんすけどー」
と言うのだが、具体的な配達時間は朝になるやら昼になるやら不明だという。

それで得意の営業所留めにしてもらって、遅い時間なら確実だろうということで、夕方以降受け取りで大丈夫でしょうかとドライバーに尋ねた。

「わっかりましたー、だいじょうぶでーす、どーもごめいわくおかけしまーす」
といって元気のいいあんちゃんとの電話は終わった。

どうもヤマトは荷物追跡システムもかなり混乱しているようだ。
それで翌日の夜、荷物を取りに行こうと思ったがちょっと心配になって営業所に荷物が届いているかどうか確認しようと思った。
それでサービスセンターに電話したら、混雑してなかなか繋がらなくて3回目にやっと繋がった。

営業所に荷物が着いてるかどうか教えてちょうだいと言ったら、オペレーターのオジサンが、絶賛混乱中のシステムで確認してくれて、「Amazonさんの方のトラブルで荷物が追跡不能になっている、まだ岡山に着いていない可能性が高い」
とおっしゃる。

で、教えてもらった番号で、今度はAmazonさんのカスタマーサービスに電話。
すると「ただいま昨日までのセールの影響でシステムが混乱しておりごめいわくをおかけしております」
とまず謝られた。

それで今荷物はどこにあるか分かりますかと質問すると、
「ただいまお荷物はすでに発送を完了し、今岡山に向っているか、あるいはすでに到着しているかのいずれかでございます。いましばらくお待ちくださいませ」
と、渋い声のお兄さんが滑舌良く教えてくれた。

そこでわたしは荷物の確認はあきらめて、当初の予定通り営業所に普通に取りに行くことにした。
営業所に行くと、今度こそは例の若い女の子がいて、まるで何ごともなかったように、何の支障もなく、あっさり荷物を受け取ることが出来た。

その時に、世の中、終わりよければすべて良しだな、と思った。
posted by ヤス at 14:30| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年12月14日

島国根性

ちょっと前に脳科学者の茂木健一郎氏が、日本のお笑いがアメリカやイギリスと比べると社会風刺が足りず「オワコン」だと断じて炎上する事件があった。
もう1年くらい前のことだったかもしれない。
それで、ごく一部の芸人たちは茂木氏の意見に同意し、かなり多数の芸人たちは「そんなことはない」と反論した。
「そんなことはない」の中身は、アメリカやイギリスのコメディに比べて日本のお笑いは決して負けていないということのようだった。
いやむしろ、日本のお笑いは表現の繊細さや技巧の多様性において外国より優れている、というようなことを言う芸人も多かったと思う。

茂木氏の意見の要旨は、日本のお笑いがあまりに内輪ウケに終始していて狭い世界の中で完結してしまっていることだったような気がする。
そしてコメディの重要な機能である、「王様と道化」の関係における道化の役割、大衆に向けた社会風刺の機能をキレイに捨てて来ていることを言いたかったのだろうと思う。

日本社会の特性を言い表す代表的な表現のひとつに「島国根性」というのがある。
最近はあまり聞かなくなったような気もする。
わたしは島国根性という表現は、あまりにもステレオタイプな印象がしてあまり好きではない。
島国根性は、海上に隔離された社会の閉鎖性に由来する諸々の特性を表す表現なのであろうが、しかし日本人の全てが島国根性の人でもなく、日本の全地域が島国根性的なわけでもない。
当然である。

しかし日本が島国であることで、この社会に決定的な性格づけを与えた側面もやはりあるのかもしれないとふと思った。

今から700年以上前の鎌倉時代末期、文永の役・弘安の役の2度にわたるモンゴル軍襲来をはねのけ得たのは、日本が島国であったことが大きく貢献しているのは間違いない。
逆に古墳時代や豊臣秀吉の時代、そして昭和初期に日本国は朝鮮半島からアジア大陸への進出をうかがったがいずれも手ひどい敗退を余儀なくされている。

そういうことで日本は島国であったために、諸外国や他民族からの侵略を受けにくく同時にこちらから侵略を仕掛けることも難しい位置にあった。
その辺りは、同じ島国でもローマ帝国やノルマン人などの侵略を受け、近世では大陸諸国と絶え間ない戦争を繰り返したイギリスともやや趣を異にするように見える。

周辺からの侵略のない日本の社会では、時々「内戦」が発生することはあったがあくまでも「内輪揉め」の範囲内である。
この点日本の社会は、大陸諸国に比べると比較的安定した歴史を歩んで来たようである。
そして侵略の少ない安定した社会では、国力増強のための「社会革命」よりはひたすら安定した社会秩序の実現を目指す政治的風土が育まれるものかもしれない。

安定した社会秩序を目指す風土とは、他人の気持ちを慮ること、阿吽の呼吸、権力者への忖度など、空気を読む能力を磨くことである。
空気を読み、無意識のうちに周辺とのバランスを取り、労せずして社会の安定を保つ技を、日本人はひたすら磨いて来たのではないか。

日本のお笑いのバックボーンは、このような極めて高度な空気を読む技が支えている。
したがって米英のコメディに比べて繊細で技巧的になるのは理の当然だ。
しかし一方で日本のお笑いは社会をひっくり返すような方向に向かいにくく、ただひたすらムラの内輪で、暗黙の共通了解をベースに分かる人だけに分かる方向に行くのも無理はないのかもしれない、などと思った。
posted by ヤス at 10:00| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年12月13日

異邦人

大昔、シンガーソングライターの久保田早紀の「異邦人」という曲が大ヒットしたことがあった。
さっき、たまたま最近の久保田さん(現・久米小百合さん)がその「異邦人」を歌っているYouTubeを観た。
それなりにお歳を召されてはいるが、相変わらずの美声が懐かしかった。

この「異邦人」が出されたのは1979年のことだったらしい。
コンパクトディスク、いわゆるCDの規格が固まったのが1979年で、だから当然「異邦人」はアナログレコードで発売された。
そういう時代の楽曲である。

調べてみるとこの曲は、最初は三洋電機のカラーテレビのCMソングとして使われて世に広まったらしい。
また1980年頃の日本では「シルクロード」がブームだった。
NHK特集の、石坂浩二ナレーションの「シルクロード」が放送されていて、わたしも毎回欠かさず観ていたと記憶している。

それで久保田早紀「異邦人」は、歌詞を見ると全然シルクロードとは関係無いのがよく分かるのだが、発売時にプロデューサーの鶴の一声で「シルクロードのテーマ」というサブタイトルが付けられたそうだ。
そしてイメージを増幅するためにそれっぽい民族楽器の音も入れられたという。
結果「異邦人」はヒットした。

シルクロードにハマっていたわたしは、NHK特集は観るし「異邦人」はレコードこそ買わなかったがTVの音楽番組をテレビのスピーカー越しにテープレコーダーで録音して聞いていた。
わたし的には、NHK特集の喜多郎のシンセサイザーよりも、久保田早紀の「異邦人」こそがシルクロードそのものだった。

また当時は、井上靖の小説「敦煌」や中島敦の「李陵」を読んで胸を熱くしていたものである。
「匈奴」とか「長城」とか、千年前の中央アジアを想起させるワードに敏感に反応していた。(それは今もだが)
そして何かの拍子に、乾燥煉瓦造りの石のドームが並んだ「ベゼクリク千仏洞」の写真を見た。
それは現中国ウイグル自治区の乾燥地帯の、川が削った崖沿いに造られた仏教遺跡で、敦煌千仏洞と並んでわたしの中のシルクロード的風景であった。

で、1980年頃から12年ほど経過したある時、わたしは思い立ってリュックサックを背負って中国に40日間の旅行に出かけた。(当初は20日あまりの予定だったが途中でビザを延長したのだ)
目指すは夢に見たシルクロードである。
当初天津に上陸して北京に向ったが、酸っぱい匂いの乾燥した空気にやや辟易としながらも、北京から乗った蒸気機関車が内モンゴルに入るに連れて一面に砂漠が広がって、かなり興奮したことを思い出す。

旅行は敦煌からトルファン、ウルムチまで行ってその後西安に降りていき、そこから山東半島経由で北京に戻った。

敦煌の千仏洞の三日月湖のほとりで、そして写真通りに並んでいたベゼクリクの石のドームを眼前にして、頭の中では、中身的にはシルクロードと関係のない歌である「異邦人」が流れていたと思う。
そしてそういう昔のことをやたらと懐かしむようになるのはジジイの始まりかもしれないと思った。
posted by ヤス at 11:21| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年12月12日

集中と飛躍

最近年齢のせいだろうか、集中力が落ちているような気がする。
というのは、ただの言い訳だと分かっている。
しかしまあ、人生をそれなりに長く生きていても、集中することは難しいと思う。

だいたい、そもそも動物というのはあまり集中しているとライオンやトラに食べられる恐れがあるので、いつも周囲のことが気にかかるのである。
と考えると「集中」は人間ならではの、一つの得意技なのであろう。
また、野生動物で集中が難しいということは、集中するためにはそのための環境が大切だということを示している。
周りにライオンもトラもワニもいないことが確実な時、初めて人間は集中できる。

それと集中のために重要なのは、目の前のやるべきことが好きであったり楽しいことである。
面白い小説はついつい徹夜してでも完読してしまうし、つまらん映画は10分くらいであくびが出る。

しかし今から考えてみると、学生時代の「試験」というのは、それは決して楽しくも好きでもなかったが、けっこう集中してやっていたと思う。
試験は終わりの時間が厳格に決まっていて、それもせいぜい1時間もないくらい短い。
なおかつ悪い点を取るよりは良い点を取りたい。
だからそれなりに頑張って集中する。

試験以外の状況で、例えば自分で問題集を解いている時などは試験本番の時ほどに集中することは難しい。
途中ですぐに飽きてしまって、気がついたらゼロ戦の本や読みかけの推理小説を読んでいたりする。
そんな感じで学生時代は試験の時だけは集中できて不思議だなあと思っていた。

「集中すること」は、人間に与えられた大きな特殊能力の一つであると思う。
人間の脳機能は、サルを10としたら100くらいあるのかもしれない。
しかし単純な性能比だけでなく、運用方法も効率化することによってその差が千倍になったり1万倍になったりするのだろう。
その運用効率化の一つが集中であると思う。

世の中的には、「真面目でコツコツ」という努力姿勢は貴重なものと考えられている。
しかし個人的には、「真面目でコツコツ」は野生動物的なやや未熟な方法論のように感じられる。
人間ならではの方法論としては、集中することによってそれまでは想像もつかなかった「飛躍」の可能性がある。

それでこれまでいろんな人間が集中して飛躍してきた積み重ねが現代の人間社会を作っている。
学生時代の試験の経験は、勉強のためというよりは「集中による飛躍」のための予行演習としてむしろ役に立っているのかもしれない。

ということでわたしもそろそろ、かつての予行演習の成果を活かして、少しくらいは飛躍したいなと思っている今日この頃であったりする。
posted by ヤス at 10:15| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年12月11日

キリ番数字

「おかげさまで10周年」とか「通算500号本塁打」とか、世の中にはキリのいい数字がある。
通常は10や30や100など10進数的なキリ番数字がそれにあたる。
あるいは5周年、15周年とか「5」がらみの数字もキリ番に準じた扱いになることが多いようだ。
さらには「3」とか「8」とか、キリ番ではないけれど、なんとなく座りのいい数字というのもあったりする。

しかし当然ながら「20周年」が偉くて「37周年」がそれに劣る、という訳ではなかろう。
ただ人間世界で10進法が重用されるがあまり、そのキリのいい数字を見るとちょっと気分が上がるというようなことがあって、なんとなくめでたい気分になる。
その程度のものだと思う。

ところで人間がなぜ10進法を使うようになったかというと、これはたまたま指が10本あったから、という説が有力であるらしい。
人間以外の動物では3本指や4本指の動物もいる。
ヤギや豚は2本指に見えるし、馬の場合なんかは1本指である。
それなら5本指より多い6本や7本指はいるかというと、どうもいないようだ。

そもそも動物の指の骨格は5本がデフォルトと決まっているらしい。
その5本指の骨格が、3本指や1本指の動物では不要な指の骨が退化して痕跡だけは残っている、ということである。

話が少し逸れた。
とにかくも、人間の指の数は左右合わせて10本なので世の中は10進法がスタンダードになっている。
だからキリ番の数字も10進法になっている。
そして片手だけの5の倍数も準キリ番になっている。
そのように推察される。

しかし今思ったのだが、英語圏ではやたらと「クォーター」という区切りを多用する。
某ハンバーガーチェーンの「クォーターパウンダー」とか、上場企業の四半期決算をクォーターと呼んでみたり、アメフトのクォーターバック、「本社」を表すヘッドクォーターなど枚挙にいとまがない。
このような「クォーター文化圏」においては、おめでたい「なんとか周年」の数字は25の倍数の方が10の倍数より重用されるのではないか、と思ったりもする。

英語で本社がヘッドクォーターなのは、昔、軍隊の兵舎をとりあえず4つに区切って使う、ということがあったかららしい。
それで4つの区切りのうちの一つを一番偉い人が使う。
だからヘッドクォーター、らしい。(本当だろうか)

英語文化圏でなんでもクォーターにぶった切るのは、これは狩猟文化の名残ではないか、と個人的に想像する。
つまりコメやムギなどは粒状で、枡で取り分けができる。
しかし猟で仕留めた肉の塊は枡で分け分けという訳にもいかない。
だからとりあえず、クォーターにぶった切る。
クォーターにぶった切って、後の配分はそれからゆっくり考える。
案外そんなところではなかろうか。
というのはあくまでもわたしの個人的妄想なので、あまり真に受けないで欲しいのだけれど。
posted by ヤス at 10:16| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年12月10日

レジの行列について

以前東京におのぼりさんをしに行った時、高級ハンバーガーのシェイクシャックでもブルーボトルコーヒーでも、けっこうな長さの行列に並んだ憶えがある。
わたしは田舎者なので、基本行列は苦手だ。
たまに東京に行くとかでないと、とても長い行列に並ぶ気力が湧かない。

しかし東京ほどではないにせよ、田舎のコンビニでもスーパーのレジでも、小さ目の行列というのにはしょっちゅう並んだりする。
まあせいぜい3人4人の行列で数分待てば自分の番が並んでくるのでたいしたことはない。
しかし考えてみると、今から20〜30年くらい前のスーパーマーケットとかでは、レジの行列は基本出来放題で、今よりもっとずっと待っていたような気がする。

最近のお店はコンビニでもスーパーでも、レジ待ちに対しては昔より細かく配慮していると思う。
だいたい昔のスーパーは、小ぶりの店にレジが2台くらいしかなくて、ちょっとお客さんが増えるとすぐにレジのキャパがパンクする感じだった。
最近はそういう小ぶりのスーパーはすっかり絶滅して大きな店にレジが10台も20台も並んでいて、その多数のレジを店の混雑具合に合わせて動かして過度の行列発生を防いでいる。
またコンビニなんかでは、あの小さい店にレジが2〜3台置いてあって、通常はレジ1台でお客をさばいていて、ちょっと列が出来ると「次の方こちらにどうぞ」と言って空きのレジを即座に開けてくれる。

スーパーやコンビニのレジはかなりコストがかかっていて、何かの本にレジ1台あたり1.5億円の年商がないとペイしない、とか書いてあった。
それが本当だとすると、レジが2台のコンビニでも年商3億円ないといけないが、セブン以外のコンビニはたいてい年商2億円に満たないので、そういう意味では現在のコンビニは「レジ過剰状態」と言えなくもない。

ただそれだけ現代の商売は行列発生に過敏になっているのだと想像する。

行列で思い出したけれど、最近はマクドナルドも業績回復で客数が戻り、レジ前の行列がだんだんひどくなってきている。
最近は、レジ後の商品受け取りで「レシートの番号がモニターに出る」方式の店舗が増えたりもしているが、マクドのレジ前の混乱は一部店舗ではけっこうなストレスだ。
店によってはレジ前行列を「自動的に整列させる柵」があるところもある。
しかしなぜかほとんどの店はレジ前の行列がカオス状態で困る。

まずお客さんが前に詰めないので列の後ろの方がものすごく窮屈な思いをする。
また商品受け取りの人とこれからレジの人の列が混じってわけが分からなかったりする。
さらに女子高生とかが「何にしよ、何にしよ、」とか迷っていたりして、行列の混乱に拍車がかかる。

この混乱状況は、客数回復以前から散見された問題点であると思っていたが、なぜかマクド的に抜本対策を行う姿勢が見えない。

ただこのようなお店のレジ待ち行列に関しては、そのうちスマホ経由で電子的に注文と支払いが出来るようになって、そもそもレジに並ぶということが数年以内になくなるような気もするので、あまり文句を言わずに今日もマクドの行列カオスに並んでみようかと思ったりしている。
posted by ヤス at 14:54| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年12月09日

東京五輪マスコット最終3案

2020年東京オリンピックのマスコットキャラクターの選定作業が進んでいるらしい。
これは全国から公募された2042件のアイデアをショコたん(中川翔子)なども参加している選考委員が最終3案に絞り込み、最終選考は全国の小学生にやってもらう趣向とのこと。
この辺のプロセスは先に発表されていた通りである。

それで先日その最終3案というのが公表されたわけであるが、見た瞬間になんだか微妙な気持ちになったのはわたしだけであろうか。
ただ今回の東京オリンピックに限らず、これまでのオリンピックのマスコットというのはなんだか印象の薄いものばかりのような気もする。

ネットで検索してみると、オリンピックの最初の公式マスコットは1968年冬期の、フランス・グルノーブルかららしい。(参照記事 http://shabonyu.com/tokyo-gorin_mascot20160830/
「謎のスキーヤー」というのがその名前で、たぶんスキージャンプを今から跳ぶのだろう、赤い丸い頭にギョロ目の謎のイキモノなんだけれど、これは昔の作品とは思えないほど洒落が効いていて傑作であると思う。

次の1968年メキシコはわりかしシンプルな二次元マーク的デザインのジャガーと鳩。
その後はダックスフンド、ビーバー、ヒグマ、白頭ワシ、トラと、「実在」の動物がモチーフでわかりやすいシリーズが続く。

少し雲行きが怪しくなるのが1992年バルセロナのピレネー犬のコビーで、芸術の都バルセロナらしく、若干アート寄りにピレネー犬がデフォルメされ、見ようによっては犬ではないようにも見える。
このコビーのことはわたしもなんとなく憶えている。

そして現在の「謎キャラ」の流れを作った直接の原因はアトランタの「イジー」であろう。
「What is it」を縮めて「イジー」だという。
英語の苦手なわたしも多少粋である、と思わなくもない。

2000年シドニーはいったん具象表現に戻るが次のアテネでもう一回抽象度がぐっと上がる。
北京でやや具象化に戻って「擬人化」寄りに寄ったあと、ロンドンの「鉄骨のしずく」でオリンピックマスコットの「謎ぶり」が決定的にこじれてしまったようだ。
ちなみにわたしはロンドン五輪マスコットがこのようなものであったことを今初めて知った。

前回リオ五輪の謎のマスコットはまだ記憶に新しく、謎は謎だがロンドンに比べるとまだ分かり易い。
その分インパクトは薄いがこれくらいサラッとしていた方がマスコットとしては扱いやすいのかもしれない。

こうやって歴代マスコットの流れを確認すると、マスコットの有り様は過激と普通を行きつ戻りつ振幅を繰り返しているように見える。
東京は順番的には2つ前のロンドンの流れで過激化するはずであるのだが、幸か不幸か最終3案はいずれももはや普通にしか見えない。

そしてもしわたしが小学生だったとして、3案のどれを選ぶだろうかと想像した場合、それはウ案の「妖怪ウォッチ」以外に考えられない、というのは言うまでもない、などと東京オリンピックのマスコット案を見ながら思ったりした。
posted by ヤス at 13:07| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年12月08日

真珠湾の教訓

今日は12月8日、1941年の真珠湾攻撃から76年目の日である。
攻撃は、ハワイの現地時間では12月7日の朝7時頃に行われたらしい。
まず日本の空母6隻から発艦した第一次攻撃隊180機あまりがハワイの真珠湾に停泊するアメリカ太平洋艦隊の戦艦群に殺到した。
第一次攻撃に続いて約170機による第二次攻撃が実施され、二回の攻撃でアメリカ軍は戦艦3隻撃沈を始め陸上基地配備の軍用機も配備数の7割以上にあたる約350機が損害を被り、アメリカの太平洋方面戦力は文字通り壊滅。
一方の日本軍は、航空部隊は損失29機、戦死54名で、アメリカ軍の死者が2300人を超えたのに比べると圧倒的な完勝だったといえる。

真珠湾攻撃では航空攻撃に加え、小型の特殊潜航艇による魚雷攻撃も行われ、こっちの方は戦果不詳の上出撃した5隻すべてが未帰還になっている。

真珠湾攻撃でよくいわれるのは、撃破したのが戦艦ばかりで空母を取り逃がした点である。
連合艦隊が二回目の攻撃後もハワイ周辺を索敵して空母を探し出し、この時に撃沈しておけばその後の戦局もだいぶん変わったものになっただろう、というのは、ある意味ではその通りだろう。

ちなみにこの時アメリカ太平洋艦隊所属の空母は3隻で、2隻は太平洋上で航空機輸送の任務についていて、残る1隻は米西海岸に居たらしい。
後づけの結果論としては、ハワイ近辺に居たはずの2隻には戦闘能力がほとんど無い状況で、探し当てればかなりの確率で撃沈できていたはずである。

しかし実際には連合艦隊は、2回目の攻撃後、逃げるようにハワイを離脱して帰路を急いだ。
真珠湾攻撃後の連合艦隊は、当然ながらアメリカの残存兵力についてすべてを把握していたわけではない。
陸上基地で生き残った敵爆撃機や行方不明の米空母の攻撃機が突然飛んで来るか分からず、損害最小のうちに離脱したのはまず妥当な判断だったのではないか。
ただ仮にハワイ近海に留まって2隻の空母を撃破していれば、半年後のミッドウエーでの惨敗はおそらく無かったと思われる。

しかしその後アメリカ海軍は大型空母エセックス級を1943年中に7隻を新造・戦力化し、さらに終戦までに7隻を就役させている。
それ以外にも軽空母約100隻を戦争中に戦力化しており、一方の日本軍は正規空母・軽空母合わせて18隻を作るのがやっとだった。

日本軍が、負けるのが必然の戦争をなぜ始めたか、という疑問については、開戦当時の同盟国ドイツの勢いとか、混乱の中で未来を予測することの難しさを思うと、一概に当時の決断を非難する気にもなれない。

さて、現在経済封鎖による制裁を受けている北朝鮮であるが、こちらの方は第二次大戦時の日本と違って有力な同盟国も存在せず、アメリカ軍との軍事力格差も当時の日米以上に甚だしく大きい。
そして何より76年前の日本軍の教訓を北朝鮮は知っているはずである。

あの時の日本の「暴走」は、そういう意味で現在の国際平和維持に少し貢献することになるのではないか、などとちょっと期待してみたりするのだが、どうなのだろう。
posted by ヤス at 16:30| Comment(0) | 徒然なるままに