2017年09月22日

まずい給食について

昨日、惣菜店のO157中毒と大磯町の中学校給食について書いた。
それで大磯町の方でもうちょっと思うことがあったので続きを書く。

給食といえば橋下市長時代の大阪市でも話題になったことがあった。
この時も大磯町と同じ「デリバリー方式」で提供していて、冷たい、まずい、で残食が多いのがニュースになっていた。

この時の大阪市では、塩分量を基準以下に抑えていたために味が薄くいというのが問題になって、ふりかけを付けたら残食が減るのでは、というような議論もあったようだが教育委員会等の反対でなかなか前に進んでいなかった。
この時に思ったのは、毎回毎回塩分量を律儀に基準以下にするのではなく、献立内容によって濃い時と薄い時とメリハリをつけてもいいんじゃないか、ということであった。

また、「冷たい給食」はデリバリー方式の宿命的欠点である。
どこかのテレビ番組で、デリバリー方式ながら保温カートに温かいままの料理を入れて配送し生徒からも美味しいと評判の自治体の例も出ていたが、このような配送方式は当然ながらそれなりのコストがかかり財政的に余裕のある自治体でないと実現が難しい。

結局のところ、それなりの栄養価の食事をそれなりに美味しく提供するには各学校に厨房を設けて現場で作るのがいちばん適切なのは想像に難くない。
しかし全国の多くの自治体は財政的な余裕がない。
各学校にいちいち厨房設備を設置するのはカネがかかって大変だ。
また、特にこれからの時代は調理スタッフの確保も頭の痛い問題である。
カネがかかる上に余分なスタッフの雇用管理もやるのはますます大変だろう。

そうなると給食は「外部調達」することにして学校建設費を節約するという結論に至る自治体が多くなるのは必然である。

まあ大半の公立小中学校は受験による選別もなくしたがって、学校間の競争原理というものが存在しない。
競争がなく生徒の取り合いの図式がないので、給食を美味しくして競争力を増そうという動機づけが働かない。
そういう面がある。

大磯町など一部の自治体で「給食がまずい」問題が発生するのは、地方自治体の慢性的な財政難と給食を美味しくすることへの強い動機が存在しないことが根本原因だろうと思う。
この問題の解決のためには、国レベルで音頭を取って学校給食への予算配分を優先的に増加させることが必要だろうと思う。

今、消費増税分を教育無償化に充てるとかいう話が出ているが、給食の方にもいくらか予算を回すことを考えた方がいいのではないかと少し思ったのである。
posted by ヤス at 10:21| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年09月21日

食中毒、残食異物混入など

最近、食べ物関係の悪いニュースが続いている。
ひとつめは、8月に発生した惣菜店「でりしゃす」のO157中毒。
最初は17店展開している同チェーンのうちの3店でポテトサラダを食べた客が複数人、O157の中毒症状を発症したという。
それがポテトサラダ以外でも患者が発生し、そのうち炒め物を食べていた3歳の女児が9月に入って死亡するという最悪の事態になった。
これを受けて全店が閉店。

同チェーンでは、特定の料理はセントラルキッチンで製造したものを各店に配達して販売していたらしく、ポテトサラダも集中調理で作っていた。
複数店で食中毒が発生していることから考えると集中調理の料理が感染源と推定されるわけだが、調査の結果は陰性で、結論としては現場でのトングの使い回し、期限切れの消毒液使用が発覚するなどずさんな衛生管理が原因とされたようだ。

少し調べてみるとこの「でりしゃす」という惣菜チェーンは地元群馬県等でスーパーマーケットを運営するフレッシュコーポレーションというのが運営している。
で、このフレッシュコーポレーションは牛丼チェーンのゼンショー傘下のグループ企業らしい。

ゼンショーグループのウェブサイトを見てみたのだが、今のところこの事件に関するお詫び文のようなものはない。
報道でも、わたしの知る限りゼンショーの名前は出ていない。
ゼンショーグループはM&Aを繰り返して膨大な数のグループ企業を抱えており、いろいろと複雑な事情があるのかもしれないがその辺ものすごく不透明な感じを受ける。


さて、もうひとつ話題になっているのが神奈川県大磯町の中学校給食の問題。
まずい上に異物混入が相次いでおり「残食率」が55%と給食開始から半年ですでに壊滅状態なわけだが、町としては業者を変更する考えはないらしい。
これも少し調べてみると、この業者は大磯町での事業拡大のためにわざわざ工場を新設している。
また報道でも出ていたが、この給食の委託費は中学校2校分で年間3300万円。

業者選定にあたっては公募プロポーザル方式の入札が行われたらしいが、業者公募はかなりひっそりと行われて参加企業は2社のみだったらしい。
もともと本命の1社が決まっていて、体裁を整えるために1社はカタチだけ入札参加したのではないか、とゲスの勘ぐりもしたくなる感じである。

こういう事件が相次ぐと、見えないところで作られた食べ物を食べるのにいちいちものすごい勇気がいるようになる。
今後は給食でも惣菜販売でもその他の加工食品でも、作り手の顔の見えない食べ物については、クリーンな最新工場で超厳密な衛生管理をやってますよ、とアピールしないと消費者は食べる気が失せるのではないかと危惧するのである。
posted by ヤス at 10:35| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年09月20日

自分の見え方

多くの人にとってはもうどうでもいい話になりつつあるようだが、この数日暴言・暴行騒動の豊田真由子議員が会見を開いたりして久々に表に出てきたのが話題になっている。
そのようすを伝えるTV番組をわたしはYouTubeでチラチラ見たわけであるが、そこで思ったことがいくらかある。

豊田議員はまず最初に月刊文藝春秋のインタビューに応じ、その次にフジテレビに宮根さんと一対一のやり取りの形で出演し、その後1時間37分に及ぶ「謝罪会見」を開いた。
この一連の表舞台への再登場のやり方に、順番がおかしいとか内容が残念とかの意見がたくさんあるようで、ワイドショーもほぼ批判一色で報じていた。
ここでその内容部分についてあれこれ考えてもしょうがないと思う。
次の選挙に無事出馬出来るかどうか知らないが、もし出るとすればその時の選挙結果が評価のすべてになるだろうからである。

この方は東京大学も出て厚生省入省後に国費留学でハーバード大学にも行っている。
絵に描いたような高学歴の方である。
たぶん知能指数的な意味での頭の良さはものすごい。
でもひとつ欠けているのではと思うのが「メタ認知」の能力だと思った。
この人は仕事も出来るんだろうしたぶん英語もペラペラで記憶力もよくてひょっとしたら数学とかも得意なのかもしれない。

でも決定的に、自分を客観視するというところの能力だけがひどく欠けているように見える。
わたしも含めて多くの人が、「あの謝罪会見はものすごく逆効果じゃね?」と思ったように思った。
ワイドショーでもコメンテーター陣が口を極めて酷評していた。
しかし本人は、そこのところの反省をどれくらい出来ているのかと思う。

政治家というのは、選挙で票を集めるには第三者からの自分の見え方をそれなりにコントロールする必要があるように思われる。
そういう点でこの方はちょっと政治家的ではないのではと思わざるをえない。

おそらく彼女は彼女なりに、自分の見え方について考えてそれを実行している。
でもそれがひどく表層的で、かえってあまり見せたくはない本質部分が見え見えになっている。
というか、彼女の心の中に自身でも御しがたい「何か」があって、それがセルフコントロールを飛び越えて出てしまっている感じがする。

考えてみると、メタ認知を自分に言い聞かせながらも、しかし御しがたい「何か」が溢れ出てしまうというのは程度の大小はあれほとんどの人間に共通の弱みとしてあるように思うし、わたし自身も過去に何度も身に覚えのある現象である。
結局のところ「自分の見え方」を理想的たらしめるよう制御するには、自分自身の根幹土台の部分からきちんと整える他にはない、という当たり前の結論しかないのである。

そのためには「メタ認知」、それもがんばって自分をまっすぐに見つめるしかないのであるが、それが簡単でないから人はしばしば苦労する。
ということをちょっと思ったりした。
posted by ヤス at 12:02| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年09月19日

水素自動車の未来が明るくない件

最近、電気自動車に関するニュースを目にする機会が増えているような気がする。
トランプ大統領はあまり関心はないようだが、ヨーロッパでは大気汚染や温暖化対策として排ガス規制がますます強化されている。
その煽りを受けてこの間もかなり多機種にわたる国産オートバイの生産終了がアナウンスされたばかりだ。

そういうニュースを見ていて思い出したのだが、環境に優しい自動車はハイブリッドやEVばかりではなく、燃料電池車というのもあったんじゃないか。
そう、トヨタが2014年にMIRAIを、ホンダが2016年にクラリティフューエルセルを出している。
これらの燃料電池車は、あんまりバカ売れしているというニュースを聞かないけれど果たしてどれくらい売れているのか。

検索してみると、2017年5月のニュースに、MIRAIが2年で1500台弱売れたというのがあった。
ホンダの方は、台数のデータは見当たらない。
当初の目標では、トヨタは2020年に年産4万台にするという計画をぶち上げていたらしいが、現状では年数百台レベル。

燃料電池車は、燃料として水素ボンベに水素を充填して走る。
現在水素ステーションは全国に100箇所程度らしい。
ガソリンスタンドは、かなり数が減ったとはいえ3万箇所以上ある。
しかも24時間営業のところも多く、燃料補給に関する「水素自動車」の利便性はガソリン車に遠く及ばない。

それでも燃料電池車には、捨てがたいメリットがいくつかあるらしい。
まず燃料補給にかかる時間がトヨタのMIRAIで3分と短いこと。
航続距離もMIRAIはカタログスペックで650km以上ある。
ちなみにホンダは700km。

あと、少し前までマツダが既存のガソリンエンジンを小改造しただけの水素自動車の開発に熱心だったと記憶しているのだが、既存のガソリンエンジンは比較的簡単に水素駆動にスイッチできるらしい。
つまり水素インフラさえ整えば「水素自動車」の普及には潜在的な可能性がなくもないように思えるのである。

しかし現実には、燃料電池車はじめ水素自動車勢力が急拡大する気配はない。
水素ステーションは、一箇所整備するのに4〜5億円かかるらしい。
これだと千箇所造るのに4000〜5000億円、1万箇所だと4〜5兆円かかる。
このコストは数年間で整備するにはかなりキツい金額である。

ホンダがコスト10分の1の小型水素ステーションを開発したというニュースもあったが、その小型ステーションは大き目の自販機みたいな箱の中で「電気分解」で水素を製造するものらしい。

だがそれって、直接的にバッテリーに充電した方が話は簡単な気がする。

ということで、水素ステーションの普及がコスト的に難しいので水素自動車の未来は明るくない。
というのがわたしの結論である。
posted by ヤス at 10:33| Comment(3) | 徒然なるままに

2017年09月18日

中国の無人コンビニ

数日前のニュースに中国・上海の無人コンビニの話があった。
これは「ビンゴボックス」という名前のコンビニである。
24時間営業で、入り口にスマホで開錠する鍵がかかっている。
店内には死角無しに店内を撮影する防犯カメラが設置され、無事に鍵を開けて入店した顧客はスマホ決済のWeChatPayなどで買い物するらしい。
当然ながら現金では買えない。

このコンビニは大中の二つのサイズがあるらしく、中は4.8×2.6m、大は6×2.6mというから小ぶりの公衆トイレくらいのサイズだろうか。
坪数でいうと中が3.7坪、大が4.7坪。

商品にはRFIDのタグがついていて出口のスキャナーを通すと自動的に清算される仕組みだ。
また防犯カメラは顔認識機能付きで、もし万引きをする客がいた場合個人を特定できるようになっている。
(会員登録の際に自分の顔を「提出」するらしい)

中国では現在すでに相当なキャッシュレス化が浸透しているという。
同時に個人の信用スコアのシステムも出来上がっている。
各種の支払いの遅れや犯罪行為があると信用スコアが落ちてスマホ決済が使えなくなったりする恐れがある。
そこのところをうまく使ったシステムである、という解説記事もあった。

このビンゴボックスは現在上海周辺に10店程度で営業中だが、今後一年で中国全土に5000店を展開する予定だという。
店の規模と「店員が要らない」仕組みを考慮すると、十分に可能な計画のようにも思える。

日用消耗品の購入に関しては、日本にもこのような自動販売機的な小売システムがあって良いと思う。
ただし顔認証を使った防犯システムは、プライバシー保護にやかましい日本では難しい面があるかもしれない。
また、日本は先進各国の中でも突出した「現金主義社会」であり、世の中の電子マネー化がある程度進まないと難しい面もあるだろう。

その辺は電脳立国に向けた国際競争力強化の大いなる障壁であるように思われる。

だが遠からず日本でも、この手の無人店舗が現在のコンビニに取って代わる日が来るに違いない。
無人コンビニの大きなメリットはレジ打ちコストが不要で出店コストも安い点だ。
つまり全体としてより安く商品提供ができる。
これは流通の本質に関わるメリットなので、普及しない道理がないのである。

現状ではRFIDのコストまだちょっと高いが、これが安くなってスマホ決済がそれなりに普及した段階、それはおそらく5年以内の未来だと思うのだが、その頃からこういう仕組みが日本でも爆発的に普及するのではないかと思う。

逆にいうと、この程度の社会の効率化が進まないようだと日本の未来もかなり危ういのではないか、と思った。
posted by ヤス at 11:21| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年09月17日

自我と人間

人間の定義には色々なものがありうると思うのだが、「自我」の存在はその最右翼ではないかと最近考えている。
自我とは自他の区別であり、個性の元であろう。
これはたぶんそうだろうと思うのだが、犬や猫は「自分」という意識がない。
鏡に映った自分の姿に対して、ワンワン吠えたり猫パンチを繰り出したりするのは、それが夢にも自分だという想像がないからだ。

でもチンパンジーなどの類人猿とかはどうだろう。
彼らの中にはひょっとしたら自分があるのかもしれない。
映像とかで見る彼らの仕草を観ると、少し人間臭い感じがするような気がして、あるいはそれは自我の萌芽ではないかと思えたりするのである。

いずれにせよ進化の過程のどこかの段階で、それはたぶん100万年くらい昔からもしれないし30万年前くらいかもしれないが、ある猿の一派にちょっとづつ自我が芽生えてきてそれが「人間化」したのだと想像している。

その自我の形成というか、自我の強化の過程こそが人間の歴史なのではないかと思うのである。
それは最初は単純な自他の区別であったのだろう。
それがだんだんと自意識が深まっていいって自己主張とか色々な能力の違いによる優越感の意識とかが育っていった。

人類史においては、最初の頃の集団的狩猟採集生活から農耕が始まって、1万年くらい前に文明史がスタートしたわけであるが、その流れの中で自我とか自意識というものもだんだんと強化されていった流れがあるのだと思う。
文明社会の初期の頃は、特に支配階級において自我の意識が出来上がっていったのだろう。
支配階級は一般大衆に対して圧倒的な優越の地位にあり、「他の人間どもとは違う」意識が自己増殖的に強化されていったものと想像する。

その頃は大多数の一般大衆は、自己主張も自己実現もない単なる「田舎の田吾作」であって、強い自我を持つことはある種の社会的特権ではなかっただろうか。

それが歴史が進んで生活環境も豊かになり、数百年くら前の段階ではかなり多くの人がそれなりに強い個性を持つようになり、その流れは今日にまで続いている。
一般大衆が自我を強化するというのは、たぶん趣味を持つとか娯楽を楽しむとかいうことにつながっている。
「ファッション」と称してお洒落(と自分で思っている)な服を着てみたり、かっこいいSUVを乗り回したりするのも自我のなせる技であるが、それは近代「自我社会」の象徴的現象であるように思う。

自我社会はSNSの炎上とか、怨恨殺人事件とか、ややこしい問題やマイナス面の要素も多いけれど、それが行き着く未来は案外平穏な社会に向かうのではないか。
なんとなくではあるが希望的にそのように思っておきたいと、「わたしの自我」が言っているのである。
posted by ヤス at 12:46| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年09月16日

年内解散について

さて、最近は森友・加計問題の報道もめっきり減ったようである。
代わって北朝鮮の核・ミサイル関連のニュースが大きくなっている。
さらに、民進党はスキャンダルに離党者も相次いでいて自壊状態。
さらにさらに言えば、自民に対する「受け皿」への期待が大きい都民ファーストも、代表辞任からの新代表決定に係るプロセスが不透明であることから党内で不満が出ていたり、議員のSNSでの自由な発言を制限するなど何やら不穏なものを感じなくもない。

ここへ来て北朝鮮危機から急降下していた日経平均株価も少し回復して来ている。
株価が2万円の大台を超え、これからいくつか予定されている衆院補選を自民党がもし無事に乗り切ったら、これはたぶん年内の解散総選挙がかなり急浮上するのではないかと思われる。

もしそうなったら安倍首相は本当に運がいい。
この7月ころまでは森友・加計問題で支持率も下がり絶体絶命の空気が漂っていたのに、今振り返ってみると内閣改造の辺りから流れがかなり変わっている。

しかしこの流れの変化は自民党や現政権の自助努力によるものというよりは、民進党の自壊、そして今ひとつ方向が固まらないように見える都民ファースト(の国政版政党)の動きによるものだと思う。
あと、降って湧いて出た何度目かの北朝鮮危機の空気。

つまり敵失と外部環境の追い風によるものである。

こういう政治状況は、国民にとってはあまり良くない。
自民党に代わりうる政党が無い、というのは自民党自身にとっても良くない。

都民ファーストの国政版政党は、政策コンセプトが今ひとつ見えない。
たぶんここのコンセプトは自民に変わる「受け皿」である、というのがもっとも当たっている。
そういう意味では政策の中身は自民と変える必要もない。
自民党に比べて「なんとなく」信用出来そうという空気づくり、そういう「風」を起こすことが党勢拡大の主要テーマになる。
しかし現在の党運営のようすを眺めている感じ、そろそろ風が止みつつあるように見える。

やはり民進党はここで一度解体して政策ごとにカラーを明確に、出来れば自民の対立軸になりうる政策集団を、人数は少なくても作ってほしい。

わたしの個人的憶測で、年内総選挙の確率は8割以上と想像している。
野党のみなさんは準備するならもうほとんど時間が無いですよ、と言いたい。
posted by ヤス at 13:14| Comment(0) | 徒然なるままに

2017年09月15日

またミサイル発射

朝っぱらから、北朝鮮からのミサイルが日本上空を通過していって東日本地域でJアラートが鳴ったらしい。
おかげでNHK朝ドラの「ひよっこ」も放送中止になったという。

今回の発射は11日に採択された北朝鮮に対する経済制裁の国連決議を受けてのものだろう。
この決議の後の13日に北朝鮮から決議に賛同している日本を核で海に沈めるぞというおどろおどろしい警告声明が出されていた。

今回のミサイルは3700km飛翔して北海道の2000km先に着水したという。
この距離をグーグルマップをぐっと引きにして確認してみると、朝鮮半島からアメリカ大陸までのおよそ3分の1くらいのところ。
太平洋戦争の激戦地、ミッドウェー諸島よりもかなり日本寄りに落ちている。
ハワイは着水点からはさらに向こうにあり、しかし距離的には十分にグアムを射程円に捉えている感じである。

今回のミサイルは最高高度が770kmだったと韓国当局が分析しているようである。
ミサイルの弾道曲線を頭の中でイメージしながら日本上空通過時の高度を目分量で推測すると、たぶん200kmかそこらではないかと思う。
少なくとも100kmは超えていただろう。

高度100kmは大気圏の境目とされている高さであり、それよりかなり高いところをミサイルは通過していったものと想像する。
おそらく、この辺は北朝鮮としてもかなり綿密にミサイル軌道の企画をしているのではないだろうか。

ちなみに、今回のミサイルはおそらく国際法的な意味での領空侵犯にはならない。
宇宙空間は宇宙法で国家による領有が禁止されているからだ。
今回のミサイルも宇宙空間を飛んでいったわけだが、これはたぶんかなり意図的に領空侵犯を回避したような気がする。
また発射の方角も韓国を通らないように、何もない日本海方面に飛ばして日本の上を宇宙空間を通して通過し、公海上に落としている。

おそらくJアラートで騒々しい日本の何倍も、北朝鮮の方が命がけなのであろう。
間違って韓国や日本に着弾したり破片を落としたりすると米韓の反撃を誘発しかねず、そうなるとキム王朝の滅亡が決定的になる。
かといって制裁措置に何も反応しないと体制が持たない。
だから慎重に方角と飛行高度を選んで、韓国や日本に万が一にも落ちないように命がけで発射している。

命令する首領様も命がけだが、現場で発射する担当技術者も相当命がけだろう。
というようなことを今朝の7時過ぎに想像したりした。
posted by ヤス at 10:42| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年09月14日

iPhoneXの表情認識

さて、9月12日は新型iPhoneの発表があった。
日本時間では13日未明に、iPhoneXと8、8Plusの3機種が発表された。
今年はiPhone発売から10年目ということがX(テン)のネーミングになったらしい。
しかしさすがに10年も経つと最初の頃の驚きや新鮮さはかなり薄くなっている。

10年前には、あの片面が全部ディスプレイでキーが無くてタッチで操作する持ち歩ける電子機器への尊崇の念が確かにあった。
これ一つで電話からネット閲覧からメールチェック、カレンダー、ゲームに表計算、さらには音楽再生、ビデオ鑑賞などなんでもできてすごいと思った。

その後も、ディスプレイがRetinaになって画素の点々が見えないくらい綺麗になったり、指紋認証で煩わしいパスコード入力が無くなったり、画期的な進化ポイントがいくつかあった。

今回、Xの「売り」は指紋認証の代わりの顔認証であるようだ。
しかし顔認証は、すでに10年前わたしが使っていたシャープのガラケーに搭載されていて、当時それなりに使っていた。
それから考えるとXは顔認証ができますと言われてもそれほど驚かない。

で、ネット情報をチラチラ見た感じによると、Xの顔認証は指紋認証の代替機能というよりは、その先の展開をにらんだものであるような気がする。
Xの顔認証は個人の顔が認証できるだけでなく、表情まで読み取れるのが本当の売りらしい。
おそらくそのことをアピールするのが最大の使命であるツール、「Animoji(アニ文字)」を搭載している。

なるほど単純に静的な顔の形状認識でなく、その人の顔が表情ごとに変わるのまで追跡できるというのはかなり画期的かもしれない。
これはつまり、わたしの表情が仏頂面であるときも激しく眉を吊り上げて怒っているときも、変わらず「わたし」であると認証してくれるということであろう。

少し想像してみるとこの表情識別機能つきの顔認証というのは、今後の将来、いろいろな広がりがあるような気がするのである。
学校の教室で全生徒の表情を漏れなく監視し、誰それが真剣な表情を34分47秒継続していたとかこいつは終始眠そうだったとかデータが取れるかもしれない。
あるいは小売店で、「物欲にキャッチされた」表情のお客だけをピックアップして効率的なセールをかけるとかはどうか。

iPhoneXの表情認識がどの程度の精度のものかまだ分からないけれど、この機能がただのスマホの認証機能だけに留まるものでないことはまず間違いあるまい。
そういう意味でアップルが今後この機能をどのように展開していくのかにはかなり注目だと思っている。
posted by ヤス at 10:39| Comment(2) | 徒然なるままに

2017年09月13日

オートバイの未来について

先日、オートバイの新しい排ガス規制に基づき、ヤマハSR400やセロー250などの定番モデルが生産終了になった。
ヤマハで15車種、カワサキでも5車種が終了になったらしい。

幸いなことにSR400もセローも販売ランキング上位の常連であるため、現在規制に対応した新モデルを鋭意開発中であるという。
わたしは1988年にセロー225を買って乗っていたのでこのバイクには若干の思い入れがあるのだ。

しかしオートバイを巡る環境はかなり厳しい。
特にヨーロッパでは二酸化炭素排出対策が年々厳しくなっており、今後もオートバイ業界は対応していかないといけない。

同じようにエンジンで動く乗り物ではあるが、四輪と二輪は置かれた立場が多少違うようである。
四輪の方は、すでに内燃機関エンジンから卒業して電動化またはハイブリッド化に向かう流れができつつある。
また自動運転が技術的に目処が立ちつつあり、電動化と並行して自動運転化が進むようである。

しかしオートバイの場合、おそらく電動化やハイブリッド化は簡単ではない。
まずオートバイの場合、1トン以上ある四輪に対し多くのモデルがせいぜい200kg前後の車重である。
重量のあるバッテリーやハイブリッド機構を搭載して50kg重くなりました、というのがなかなか出来ないのである。

最近のニュースによると今から20年後くらいには純ガソリン車、ディーゼル車の生産を終了しようという流れができつつあるようだ。
そうなると心配なのが、ガソリンスタンドがどんどん減るのではないかということである。
スタンドが減るとタンクが小さく航続距離の小さいオートバイにとってはますます居心地が悪くなる。

だから四輪の世界があらかた電動化する30年後くらいには、ガソリンエンジンのオートバイはおそらく絶滅するか、今のフィルムカメラやアナログレコードみたいに一部マニアの希少趣味になるのだろう。
まあその頃にはさすがにバッテリー技術が進化し、オートバイに搭載出来るくらい小型軽量高密度の高性能バッテリーが出来ているかもしれない。

ただオートバイが電動化すると、それはそれで便利なことも有る気がする。
ひとつは、「バックギア」が普通になること。
重いバイクを腕力や脚力でバックさせるのはかなり大変だ。
電気駆動になるとたぶん今より簡単にバック機構が実現できて便利になる。

あと低速走行時のジャイロスタビライザーやバイク用エアバッグが標準になって、今のところオートバイ最大の課題である安全性が飛躍的に改善するのではないだろうか。

そうなるとオートバイにとっていちばんの問題は四輪交通の自動運転化だろう。
オートバイは運転そのものを楽しむためのものなので、これを自動化すると存在意義がなくなる。
これは四輪のスポーツカーも同じだけれど、「自動運転交通」の中でいかに手動運転車両が調和していくか、そこのところが上手くいけば未来の電動バイクもあながち悪くないかもしれない、と思った。
posted by ヤス at 13:41| Comment(2) | 徒然なるままに